数日後。
ついに、モニカのラビット亭が営業を再開した。
俺、ミティ、アイリスは、日中は冒険者の活動を行っている。
そして、夕食はラビット亭で食べるようにしている。
モニカの料理はおいしい。
ハガ王国の料理もおいしかったし、ゾルフ砦の肉料理もおいしかった。
モニカの料理も、それらに引けを取らない。
「相変わらず、すばらしい味だな」
「そうですね。つい食べすぎてしまいます」
「いい味だね。ボクもこの味付けは好きだな」
俺、ミティ、アイリス。
モニカの料理を口々に褒める、
「あ、ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ」
モニカが喜ぶ。
「でも……」
モニカの表情が少し暗くなる。
改めて、店内を見回す。
客入りが少ない。
今現在は俺たちだけだ。
先ほどまでは、もう1グループいたが。
残念ながら、繁盛しているとは言い難い。
「うーん。一度遠のいた客足が、なかなか戻ってこないなあ……」
魔物の被害により店が半壊し、しばらく休業していた。
その間に、客が離れてしまった。
別の店を気に入ってしまったり、自炊が習慣になったりしたのだろう。
「こんなにおいしいのに……」
ミティが料理を食べながら、そうこぼす。
「どうしよう……。このままじゃダメだよね……」
モニカが、半ば独り言のようにそうこぼす。
「何かインパクトのある新メニューを出すとか? ボクは料理はあまり詳しくないけど」
アイリスがそう提案する。
「新メニューか。うーん。今までにも考えてはいたんだけど、なかなか難しいんだよ」
モニカがそう言う。
それはそうか。
インパクトがあって客を呼べる新メニューなど、そうそう簡単に思いつくものでもない。
「そうだ。私はこの街の生まれだけど、タカシたちは違うよね? 何かいい料理はないかな?」
俺の出身地は日本だ。
もちろんモニカには伝えてはいない。
しかし、普段の言動などから、俺がこの街の生まれではないことはバレバレか。
ミティはドワーフだ。
このあたりでは少し珍しい種族らしい。
アイリスが各地を旅して回る武闘神官であることも、これまでの雑談の中で知られている。
「うーん。難しいですね。俺は料理はからっきしなので」
くそっ。
こんなことなら、料理の勉強をもっとしておくんだったか。
料理知識チートは、異世界ものの中でも定番なのに。
定番料理には、何があったかな。
うーん……。
プリン、アイスクリーム、マヨネーズとかか?
「ええっと。私も料理はあまり……。肉の上手な焼き方とか、きつい蒸留酒の作り方とかぐらいしか……」
ミティがそう言う。
かなり偏った知識だな。
ミティは肉料理が好きだ。
酒が好きかどうかはよく知らないが、酒に強いことは確かだ。
「ボクはいろんな街で食べてきた経験はある。どれもおいしかったのは覚えているけど、作り方とかまでは詳しく調べたりしていないなあ……」
アイリスがそう言う。
それはそうか。
普通は、おいしいものを食べたら、おいしかった、で終わりだ。
作り方とかまでを詳しく調べたりはしない。
「そこを何とか思い出して! アイリスさんだけが頼りなんだ!」
モニカがそう言う。
俺とミティは戦力外通告をもらってしまったようだ。
「そういえば。食の都グランツで新作された、マヨネーズとかいう調味料はどうだろう。ボクはグランツには行ったことはないけど、近隣の街に行ったときに食べたんだ。インパクトのある新しい味だった」
アイリスがそう言う。
マヨネーズか。
くっ。
数少ない俺のチート料理知識が、既に知られているとは。
「マヨネーズ? 聞いたことのない調味料だね。少なくともこの街には広まっていないと思う。グランツの新作なら、話題性もあるし……。いいかも!」
モニカがそう言う。
そうだ。
食の都とやらで新作されたということは、この街にはまだ広まっていないということだ。
まだ、俺の知識を活かせる余地はある。
この街におけるマヨネーズ1号を製作するのだ。
「アイリスさん! 詳しく聞かせてよ!」
モニカがアイリスにいろいろと質問していく。
味は?
食感は?
原材料は?
調理法は?
「原材料……? なんだろう。わかんない」
味や食感はともかく、肝心の原材料や調理法がアイリスにはわからないようだ。
「ふっ。マヨネーズですか。俺も食べたことがあるし、作り方も少し知っていますよ」
俺が決め顔でそう助け舟を出す。
「へえ。タカシも食べたことがあるんだ」
「確か、原材料は卵、油、酢です。調理法はちょっと待ってください。がんばって思い出します」
一度だけ、手作りしてみたことがある。
必死に思い出す。
何とか思い出せそうだ。
「まずは卵を……して、油を……する。次に酢を……したら、最後に……して……」
モニカに調理法を説明する。
彼女は熱心にメモを取っている。
「なるほど……! ありがとう、タカシ! それにアイリスさんとミティも!」
モニカがそうお礼を言う。
「いえいえ。お安い御用です」
「どういたしましてー」
「私はお力になれず申し訳なかったですが」
俺、アイリス、ミティはそう返事をする。
「うろ覚えで間違いもあるかもしれません。作りながらレシピの微調整はしてください」
俺は、最後にそう言い訳をしておく。
「それはもちろんだよ! 完成したら、試食もしてみてほしいな!」
モニカの表情はかなり明るくなってきている。
もうひと押しだ。
このマヨネーズのインパクトがきっかけで無事に客足が戻れば、彼女の表情はさらに明るくなるかもしれない。
成功を祈る。
●●●
数日後。
今日もラビット亭で夕食だ。
俺、ミティ、アイリスは、日中は冒険者の活動を行っている。
疲れた体に、ご褒美の時間だ。
今日はニムも同席している。
俺には多額の借金が残っているものの、彼女1人分をおごるくらいは支障ない。
「みんな。今日はいい報告があるんだ」
モニカが改まった表情でそう切り出す。
「なんでしょうか」
「マヨネーズの試作が無事に成功したんだ。味見してみてよ!」
モニカがそう言って、皿に入ったマヨネーズを出してくる。
さっそく、スプーンですくって味見してみる。
「……! これはいいな!」
日本で食べていたマヨネーズに遜色ない味だ。
少し風味は異なるが、これはこれでいい感じだ。
「うん! これはおいしいね! ボクが以前食べたものよりおいしいよ!」
アイリスからのお墨付きも得た。
「インパクトのある味です! 肉に合うかもしれません」
ミティがそう言う。
さすがに肉に合うかは微妙な気がするが。
まあチキン南蛮やエビフライにはタルタルソースをかけるし、似たようなもんか?
合うと言えば合うのかもしれない。
「す、すごいです。食べたことのない味です」
ニムがそう言う。
「成功して良かったよ。あとは、どんな食材と組み合わせるかだね。マヨネーズに合う食材を探して、新しい料理を考えてみるよ」
モニカがそう言う。
「……何やら嗅ぎ慣れないおいしそうな匂いがすると思ったら。これはなんだ?」
店の奥からダリウスがやってきた。
マヨネーズの匂いに釣られたようだ。
「お父さん! 寝ていてよ!」
「だいじょうぶだ。タカシ君やアイリス君の治療魔法のおかげで、ずいぶんと調子がいい」
俺やアイリスの中級魔法では、病を完治させることはできない。
しかし、病状を和らげることはできる。
毎日、俺かアイリスがダリウスに治療魔法を施している。
「もう! しょうがないなー」
モニカは、できれば父にゆっくりしていてほしいのだろう。
「それで、この調味料はなんだね?」
ダリウスがそう問いかけてくる。
「マヨネーズというものです。卵、油、酢などからつくりました。もちろん、作ったのはモニカさんですが」
「食の都で最近開発された調味料らしいよ。タカシやアイリスさんの話をもとに、がんばって作ってみたんだ」
モニカがそう説明する。
「ふむ。少し味見させてもらおう」
ダリウスがスプーンでマヨネーズをすくい、口に運ぶ。
「……うむ。独特だが、悪くない味だ。……それでモニカ。この調味料の使い道は考えているのか?」
「さっき考え始めたところだよ」
「そうか。お父さんにいい考えがある。こういうのはどうだろうか……」
ダリウスとモニカで話し始めた。
俺たちはお邪魔かな。
お会計だけ済ませて、そっと退散した。
●●●
さらに数日が経過した。
俺たちは、日中は冒険者の活動を行っている。
夕方はラビット亭で食事を取る。
ダリウスには毎日治療魔法をかけている。
その効果か、ここ最近の調子は良さそうだ。
さすがに日中に働けるレベルではないようだが。
客入りが少ないタイミングを見計らい、モニカといっしょに新作料理を試行錯誤しているらしい。
料理の材料として、クレイジーラビットなどの肉を提供してみた。
試験的につくられた料理は、おいしかった。
ニムも誘い、いっしょに食べた。
一部は家族に持ち帰るそうだ。
ニムはたまにリンゴなどを差し入れてくれる。
彼女の境遇を改めて聞いてみる。
外壁の外に彼女の畑があり、そこで野菜などの栽培を行っているそうだ。
ただ、彼女の畑にも少し前の魔物騒動の件で被害が出てしまったとのことだ。
ラビット亭の再開の目処も立ってきたし、次はニムの手伝いもしてあげようかな。
モニカとニムの忠義度は、順調に上昇している。
特にモニカはもう少しで40に届きそうだ。
加護付与の条件である50が見えてきている。
順調だ。
何も問題はない。
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