「はぁ、はぁ……!」
俺は息を切らせながら走る。
ライバル道場の手の者によってさらわれた桔梗。
彼女の安否が心配だ。
「無事でいてくれ……!」
俺はそう祈りながら走る。
そんな俺の前に、数人の男たちが立ちふさがった。
「なんだ?」
俺は足を止めないまま、彼らを観察する。
男たちは、木刀や槍などを構えていた。
「へへっ、ここは通さねぇよ」
「武神道場が潰れれば、我ら雷鳴流の天下となる……」
「お前は新入りらしいが、追ってきた以上は容赦せん。再起不能になってもらうぞ」
「そうか……」
俺は男たちを見る。
雷鳴流という名前は、桔梗から聞いたことがある。
確か、武神流と並ぶ二大流派の一角だ。
武神流とは敵対関係にあるらしい。
今回の襲撃について師範から詳しい話を聞く時間はなかったが、おそらく桔梗をさらったのも彼らなのだろう。
「悪いが、先を急いでいる。邪魔するなら押し通る」
「ほう……。我らの恐ろしさを知らんようだな?」
「くくっ! その無知が命取りよ!!」
雷鳴流の一人が叫ぶ。
直後、彼らは一斉に襲い掛かってきた。
「死ねい!」
「我ら雷鳴流に逆らったことを後悔するがいい!!」
男たちが一斉に攻撃してくる。
俺はその全てを紙一重で回避した。
そして、そのまますれ違うようにして通り過ぎる。
「何!?」
「ば、馬鹿な……!?」
男たちが驚愕の表情を浮かべる。
だが、構っている暇はない。
もう終わったのだから。
「ぐ、偶然だ!」
「その通り! 我らの剣の全てを躱し切るなど、あり得ん!!」
「次はこうはいかんぞ!!」
「足だけは速いようだが……逃げずに戦え! 卑怯者め!!」
男たちが俺の後方で騒いでいる。
俺は完全に無視して、さらに走る速度を上げた。
彼らと戦う必要などない。
全ては既に終わっている。
「自分が斬られたことにすら気付かないとはな……」
「何を訳の分からないことを――がふっ!?」
「お、おい!? どうした兄弟――あがっ!!」
「うぎっ!?」
男たちが次々に倒れていく。
俺は彼らとの戦闘を回避して逃げたわけではない。
彼らの攻撃を回避したすれ違いざまに、既に一撃をお見舞いしていたのだ。
「月影三丁……焔斬り……」
俺は呟く。
俺の手には、刀が握られていた。
ただし、通常の刀ではない。
俺の魔力が通された刃は、焔のように真っ赤に染まっている。
月影の中、その赤さは異彩を放っていた。
「安心しろ、峰打ちだ……」
俺は引き続き走りながら、男たちに告げる。
師範をボコボコにし、桔梗を誘拐したことは許しがたい。
だが、命まで奪う必要はないだろう。
俺はそう自分に言い聞かせる。
「ぐ……っ!?」
心の底から、黒い感情が溢れてくる。
俺の仲間を害する奴らを、皆殺しにしたい……!
全ての女は俺のものだ……!!
「う、ぐ……」
この感情は、どこか覚えがある。
しかし、よく思い出せない。
失われた記憶の中に、その答えがあるのだろうか?
「……落ち着け、俺。桔梗がさらわれたことは事実だが、まだ無事な可能性は十分にある。黒い感情に身を任せるより、救出を優先すべきだ……」
俺は自分の黒い感情を必死に抑え込む。
これは理性で抑えるしかない類のものだ。
……いや、魔法や魔導具でどうにかできる可能性もあるか?
過去にそんなことがあった気もするが、よく思い出せない。
「とにかく、今は桔梗だ……」
俺は走る速度を上げる。
そして、ついに誘拐先と思われる拠点――雷鳴流の道場に到着したのだった。
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