「紅葉、何をする気だ?」
「せっかくなので、悪い人と戦っている設定にしましょう。私は、高志様を襲う悪い侍です」
「なるほど……」
俺は頷く。
確かに、その方がそれっぽいな。
「そういうことなら、オレも!」
流華も窓際に立つ。
彼は、練習中の短刀を構えた。
木の棒を持つ紅葉以上に、なんだか『それっぽい』感じだ。
元々はスリの常習犯だったこともあってか、どことなくアンダーグラウンドのチンピラっぽい空気がある。
「いいだろう。では、行くぞ……?」
「はい!」
「おう!」
2人はそれぞれ武器を構えた。
そして俺は、急造で考えたセリフを口にする。
「クハハハ! 身の程知らずどもめ! この俺を倒そうなどと片腹痛いわ!!」
「ぐ……。て、てめえ……何者だ!?」
「私たちが……手も足も出ないなんて……」
流華と紅葉が演技を合わせる。
なかなかの対応力だ。
まるで即興劇だな。
しかし、照れがあるのか、ささやくような声量である。
今は夜だし、俺も声を落とした方がいいか?
……いや、2人の声量が小さいだけで、俺だって別に叫んじゃいない。
このままでいいだろう。
「クハハ! お前らの手は全てお見通しだ! この俺に逆らった時点で……お前らは地獄行きなんだよ!」
俺は悪役っぽく叫んだ。
2人がさらに演技を続ける。
「ちく……しょう……」
「私たちは……ここまでのようね……」
「クハハ! だが……土下座して命乞いするなら、命だけは助けてやらんでもないぞ!? さぁ、俺の目の前で、今すぐにひざまずけ!!」
俺は勝ち誇って言う。
いかにもよくありそうなセリフだろう。
このあとも展開も決まっている。
俺はそう思ったのだが……
「「ははー!」」
「え!?」
2人は勢いよく土下座した。
おいおい……。
さっきまでの『それっぽい』感じはどうした?
「待て待て。2人とも、落ち着け」
「え? 何か問題でも……?」
紅葉が首を傾げる。
本当に分からないらしい。
「問題しかないだろうが。設定を考えてみろ。俺と敵対していた悪い侍が、誇りを捨てて土下座したんだぞ? おかしくないか?」
「……確かにそうか」
流華が納得したように頷く。
紅葉も、流華につられるように頷いた。
「仕方ない。今のはなかったことにして、続けていくぞ。実際には、俺のセリフを受けて土下座する敵なんていない。むしろ、怒りのままに襲いかかってくるものだ。俺は当然、向け撃つことになる。さぁ、よく見ておけよ……」
俺は魔力を軽く開放する。
今は夜だし、全力でぶっ放すことは避けた方がいいだろう。
斜め上に撃つとはいえ、無害な野生の鳥とかに当たらないとも限らないしな。
「くらえっ! 【ドスコイ・エボリューション】!!」
俺の手のひらから衝撃波が放たれる。
これは相手を弾き飛ばすことに特化した技だ。
その波動は、窓から外に向かって飛んでいった。
「「ぐわあああぁーー!」」
紅葉と流華がその場でぶっ飛ぶ演技をする。
もちろん、彼女たちに魔法は当たっていない。
演技の続きだろう。
実際に直撃すれば、こんなものでは済まない。
かなり遠方までぶっ飛ばされる。
まぁ、『対象者の質量を半ば無視して勢いよくぶっ飛ばす代わりに、着地時の衝撃が緩和される効果のためにも魔力を割く』という特殊な制約を付けた魔法なので、打ちどころが悪くない限りは死にはしないのだが……。
「あばよ! せいぜい、夜の空を楽しむんだな!!」
俺は窓枠に足を乗せて、決めゼリフを言う。
実際には誰もいない空に向けて斜め上に撃っただけだけどな。
こういうのは気分が重要だ。
「高志様……素敵……」
「兄貴、カッコいいぜ!」
紅葉と流華が目をキラキラさせている。
どうやら、2人のハートにもドストライクだったらしい。
紅葉は俺の格好良いところを見て、流華はいつか自分がぶっ放すところを想像して……といったところだろうか?
忠義度が微増している。
「いやいや、それほどでも……。とにかく、これで満足しただろう? さぁ、もう寝よう」
「はい!」
「おう!」
俺は布団に潜り込んだ。
紅葉と流華は、俺の左右にそれぞれ陣取る。
こうして、3人の夜は更けていったのだった。
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