ニルスは兄との模擬試合にあっさりと勝利した。
それを見た村の女性陣は、彼に狙いを定めた。
ニルスは意に介さなかったのだが、ハンナの心には嫉妬の炎が燃え上がる。
ハンナは、その感情のまま行動を起こした。
「ニルスにちょっかいをかけようとするのはやめてもらうわ。あなたたちのような女が、彼の隣に立つなんて許されないのだから」
彼女が村の女性陣に対してそう言い放つ。
「何を言っているの? あなたこそ、身の程を知りなさい」
「村のために身売りした境遇には同情するけど……」
「それとこれとは話が別ね。ハンナのような平凡な女は、ニルスさんには相応しくないわ」
村の女性陣が口々に反論してくる。
「なんですって!?」
ハンナは激昂し、彼女らに掴みかかろうとする。
しかし、それをニルスが止めた。
「落ち着け、ハンナ。俺たちはハイブリッジ騎士爵様の名を背負っていることを自覚しろ」
「……っ!」
ニルスに言われて、ハンナは我に返る。
確かに、自分たちはハイブリッジ家の人間だ。
あまり無茶をして問題を起こすわけにはいかない。
「ごめんなさい……。つい頭に血が上って……」
「いや、大丈夫だ。俺のことを想ってくれているからこその反応だろう? むしろ嬉しいくらいだよ。ありがとう、ハンナ」
ニルスはそう言うと、優しく微笑む。
「うん……」
ハンナは少し照れくさくなり、頬を赤らめる。
しばしの間、2人だけの空間が形成される。
だが……。
「ちょっと! 見せつけてくれるじゃないの! 何様のつもり?」
「私たちのニルスさんを独り占めして!!」
「いい気になるんじゃないよ!!」
「そうだ! 調子に乗るな!!」
女性たちが再び騒ぎ出す。
「申し訳ないが、俺の身はハイブリッジ騎士爵様、そしてハンナに捧げているんだ。君たちの気持ちに応えることはできない」
ニルスが女性たちに向かって言う。
「そんな……」
「ニルスさん……」
「嘘でしょ……?」
女性陣は絶望的な表情を浮かべた。
その多くは、ニルスの言葉を受けて既に諦めムードだ。
しかし、1人だけまだ闘志を失っていない者がいた。
「……納得できないっ! 私の方が、ハンナよりも役に立てるわ! そうだわ、弓で勝負しなさい!!」
それは、ニルスやハンナと同年代の少女であった。
「…………。分かった、受けるよ」
ハンナは少し考える素振りを見せた後、了承した。
「ハンナ?」
ニルスが不安そうな顔を見せる。
「大丈夫、心配しないで。必ず勝つから」
「……ああ、信じてるぞ。頑張れ、ハンナ!」
「任せて!」
こうして、ハンナ対村の女性による弓対決が決まったのだった。
彼女たちは、村外れにある広場に移動した。
そこで、弓矢を用いた決闘を行うのだ。
ニルスは審判役として、離れた場所からその様子を見守っていた。
「ハンナ、本当に大丈夫かな……。相手の娘は、昔から弓がうまかったけど……」
ニルスが心配げな様子で呟く。
今回ハンナと張り合っている少女は、弓の腕前において村ではトップクラスだ。
そんな彼女とハンナが戦うことになるとは……。
ハンナの弓の腕前は、ニルスの認識としては平凡中の平凡だ。
ハイブリッジ家に迎え入れられてからは、弓の名手ユナから時おりアドバイスをもらっていたようだが……。
それでも、こんな短期間で急激に上達などをしているとは考えにくい。
ニルスは気が気でなかった。
だが、当の本人であるハンナは落ち着いていた。
「ニルス、安心して。私は負けないわ。見ててね」
「……ああ、もちろんさ」
ニルスの返事を聞いたハンナは、ニコッと笑った。
「ふーん、ずいぶん余裕ね。あなたみたいな下手くそが、私に勝てると思っているのかしら?」
対戦相手の少女が言う。
「私が下手くそ? そう思うなら、あなたの目が節穴なだけじゃないかしら? ……まあ、すぐに分かると思うけど」
「言ってくれるじゃない……。後悔しても知らないわよ!」
「そっちこそ、手加減なしでかかってきなさい!」
2人の会話が終わると同時に、試合開始となった。
彼女たちが同時に、遠方の的を目掛けて矢を放つ。
放たれた矢は、一直線に飛んでいく。
その2本の矢は、それぞれの的のど真ん中に突き刺さる。
「まずは1本っと」
ハンナが満足気に微笑む。
「へえ……。まぐれにせよ、なかなかやるじゃない。でも、次も当てられるかしら?」
少女もニヤリと笑う。
再び、2人が矢を放った。
少女が放った矢は、1本目の矢のすぐ隣に突き刺さった。
的のほぼど真ん中である。
一方、ハンナが放った矢は……。
バシュッ!
1本目の矢にドンピシャで命中し、そのまま貫通して的のど真ん中に突き刺さった。
「なっ!?」
少女は驚愕する。
まさか、1本目の矢とまったく同じ場所に当たるなんて……。
「私の勝ちね!」
ハンナが笑顔で言う。
「ふざけないで!! あんなの偶然に決まっているわ!!」
少女が激昂する。
「いいえ、違うわ。今の勝負は、完全に実力差が表れた結果よ。運とか、たまたまだとか言い訳するのはやめなさい」
「そんなことあるわけがない! 絶対に偶然よ! 違うと言うなら、もう一度やってみなさい!!」
少女がさらにヒートアップする。
それに対して、ハンナは冷静な態度を崩さない。
「いいでしょう……。じゃあ、次は2回連続で当てるわ。それで文句はないわよね?」
ハンナの言葉を聞き、ニルスは内心ハラハラしていた。
いくらなんでも無茶だろう……。
遠方の的に突き刺さっている矢に、立て続けに2発とも当てるなど……。
「ふん! どうせ外すんでしょう?」
「どうかしらね……。それじゃ、始めるわよ?」
「いいわよ! 早くやってみなさい!」
「分かったわ。……3・2・1……ゼロ!」
ハンナはカウントダウンを終えると同時に、矢を放った。
さらに、立て続けにもう1本の矢を放つ。
それらは吸い込まれるようにして、既に突き刺さっていた矢に命中した。
「う、嘘……」
少女は愕然とした表情を浮かべた。
「これで分かったでしょ?」
「ぐぬぅ……」
少女は何も言えず、悔しそうに歯ぎしりをした。
「私の勝利よ!」
ハンナの勝利宣言により、今回の勝負は終わった。
決闘後、ハンナは村の女性陣に囲まれていた。
「ハンナちゃん、凄いわ! あの子に圧勝だったじゃないの!」
「ほんと、びっくりよ!」
「ハンナお姉ちゃん、すご~い」
「カッコよかったわ、ハンナ」
村の女性陣が口々にそう言う。
ニルスのことを諦めた今、見事な手のひら返しである。
「いやぁ……。それほどでもないですよぉ……」
ハンナは照れ臭そうに頭を掻いた。
「それにしても、よくあんなに連続して矢を当てることができたな。俺には到底真似できない芸当だよ」
ニルスが感心した様子で言った。
「ふふっ、それはユナさんの教えのおかげね。それに、最近は何だか調子がいいし」
調子がいいのは、タカシによって加護(小)が付与された影響である。
「ふん……。仕方ないわね。ニルスさんに相応しいのはハンナだと認めてあげるわ」
敗北した少女が言う。
「ありがとう。あなたも良い腕をしていたと思うけど」
ハンナは素直に礼を言った。
「そ、そう? まあ、私も普段から頑張っているからね。村の周囲の魔物退治は、私の仕事だし……」
「そうなんだ。偉いね」
「べ、別にそんなんじゃないし……。ただ、これが村での私の役目っていうだけで……」
少女が照れくさそうにそう言う。
こうして、ニルスの格闘術の力量と、ハンナの弓の腕前は村のみんなに広く認識されたのであった。
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