俺たちは宿屋『猫のゆりかご亭』に泊まることにした。
3人部屋を希望したところ、店員の猫少女に『は、ハーレムってやつですにゃ!? え、エッチぃのですにゃあ~~!!!』などと叫ばれてしまった。
もう今さらハーレム云々を否定するつもりはないが、周囲の視線を集めすぎだ。
過度に目立つことは避けたい。
「参ったな……。とりあえず、3人部屋に案内してもらえますか?」
俺は苦笑しつつそう言う。
すると、猫少女はコクリと頷いて俺たちを先導してくれた。
「こちらになりますにゃ」
彼女が示した先にあったのは、2階へと続く階段だ。
かなり年季が入っているが、手入れは行き届いている。
階段を登ると、そこには長い廊下が伸びていた。
廊下の両側には等間隔でドアが並んでおり、突き当たりには大きめの窓がある。
窓の外からは、夕焼けに染まる街並みが見えた。
なかなか良い景色だ。
「こちらがお部屋の鍵となりますにゃ」
そう言って差し出された鍵を受け取る。
シンプルなデザインの鍵だ。
材質は鉄だろうか?
あまり高価なものではないようだが、作り自体はしっかりしているように見える。
これが高級宿であれば、もっと手の込んだ細工が施された鍵を渡されていたはずだ。
逆に、超安宿だとそもそも錠前すら付いていないこともある。
その点において、この宿では最低限のセキュリティ対策が施されていると考えていいだろう。
チンピラやマフィアに襲われたとして、俺たちならば簡単に撃退はできる。
しかし、その場合は相当に目立ってしまう。
今回のお忍び旅において、争い事はできる限り起こさない方がいい。
「ありがとうございます」
お礼を言ってから、俺たちは割り当てられた部屋に入ることにする。
ドアを開けて中に入った途端、ニムとモニカが同時に感嘆の声を上げた。
「わぁ……! 綺麗ですね!」
「ほんとだね! 古風でとっても素敵だよ~!」
2人がはしゃぐのも無理はないだろう。
部屋の中はかなり広くて綺麗だ。
家具はやや古びているが、それが逆に味になっているとも言える。
3つのベッドがあり、それぞれ清潔感がある。
床に敷かれたカーペットも毛羽立ちが少なく、新品ではないが充分に使用に耐えうるものだ。
(これは掘り出し物だな……。安い割に良さそうな宿だ)
ここの宿の料金は、ラーグ周辺の宿屋よりも安い。
ラーグとオルフェスの相場自体が異なるのか、あるいはこの宿が特殊なだけかもしれないが……。
「猫のお嬢さん、素晴らしい部屋をありがとうございます」
俺は猫少女に向けて礼を言う。
彼女は尻尾をピンと立てながら照れたように笑った。
「えへへ……、それほどでもあるのですにゃ……」
やはり可愛らしい少女だ。
猫獣人の魅力なのだろうか?
それとも単に彼女の性格なのか?
どちらかは分からないが、愛嬌があって好感が持てるのは間違いない。
「おっと。申し遅れましたにゃ。にゃぁの名前は『サーニャ』と言いますにゃ! お気軽に『さっちゃん』と呼んでくださいにゃん」
可愛らしくポーズを取りつつ自己紹介する猫少女――改めサーニャちゃん。
その仕草も相まって非常に愛くるしい。
改めて言うが、彼女の年齢は13歳ぐらいだ。
ニムと同じくらいの年齢である。
これぐらいの年齢の少女が、まさに大人と子どもの中間だよな。
膨らみかけの胸とか、健康的な太ももとか、キュッとくびれた腰回りとか……。
まだまだ未成熟なところはあるが、それはそれで魅力的に映るときもある。
モデル体型の完成された美しさを持つモニカとは違う魅力があるのだ。
「分かりました。よろしくお願いします、さっちゃんさん」
「はいですにゃ!」
嬉しそうに頷くサーニャちゃん。
そんな彼女を見ながら、俺はふと疑問を口にする。
「ところで、どうして語尾に“にゃ”を付けるんですか?」
「えっ!?」
俺の何気ない質問に、サーニャちゃんは硬直した。
猫獣人だからって、必ず語尾に”にゃ”を付けるわけではない。
俺の配下に、猫獣人のクリスティがいる。
彼女はぶっきらぼうな性格で男勝りな口調だが、語尾は普通だ。
そして同じく、犬獣人のニムも語尾に”わん”と付けたりはしない。
「何か理由があるのですか?」
俺は重ねて問う。
サーニャちゃんは、目を泳がせた後に小さく呟くように答えた。
「……えっと……あの……大人言葉はまだ練習中なのです……にゃ……」
モゴモゴと言ったあと、恥ずかしそうに俯くサーニャちゃん。
あー、そう言えば小耳に挟んだことがあったな。
一部の獣人は、発声器官の構造が人族のものと異なるということを。
例えば猫獣人にとっての語尾の”にゃ”は、幼児言葉の一種なのだろう。
日本語で言えば、車を”ぶーぶー”と呼んだり、猫を”にゃーにゃー”と呼ぶようなものだと思われる。
あるいは、舌っ足らずで”くつ”を”くちゅ”と呼んでしまうようなものかもしれない。
いずれにせよ、大人の女性が使うような言葉遣いではない。
彼女もそれを意識して頑張っているのだろうが、まだ上手く使いこなせていないようだ。
なんとも微笑ましい話だな……と思った瞬間だった。
「にゃぁの言葉遣いのことはいいですにゃ! それより、部屋に備え付けの機器の使い方はご存知ですにゃ?」
話題を変えようと早口になるサーニャちゃん。
彼女の言う通り、部屋の中には古びた魔道具のような機器が設置されていたのだった。
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