「最弱だと? それは、つまり――」
『では、ごきげんよう』
少女は淡く微笑み、そのまま霧のように姿を消した。
同時に、俺の身体を絡め取っていた拘束の陣が霧散する。
「む……」
まるで最初から何もなかったかのように、俺の体は軽くなった。
これまでは魔力や闘気を全開にして、ようやく動ける程度だった。
しかし今は、自然に手足が動く。
まるで少女がこの場にいたことすら、幻だったかのように。
――だが、確かにいた。
俺の心に爪痕を残すような何かを持って。
「高志様!」
聞き慣れた声が耳を打つ。
振り返ると、紅葉が必死な様子でこちらを見上げていた。
「紅葉! 大丈夫か!?」
「は、はい。私は平気です」
紅葉はゆっくりと身体を起こした。
わずかに震える指先で衣の裾を整えるその仕草が、先ほどの出来事の異様さを無言のうちに物語っている。
彼女の呼吸は浅く、微かに乱れていた。
俺はすぐに駆け寄り、その身に異常がないか目を凝らす。
紅葉の肌にはかすかな疲労の色が滲んでいたが、幸いにも傷は見当たらない。
それを確認し、ようやく喉奥に詰まっていた息を吐き出した。
「ありがとうございます、高志様……」
紅葉がほっとしたように微笑む。
その表情は穏やかでありながら、どこか影を引きずっているようにも見えた。
先ほどの恐怖がまだ完全に消えていないのかもしれない。
それでも、彼女が笑顔を見せてくれたことで、俺の胸の奥に渦巻いていた不安の一端が、ようやく解けていくのを感じた。
「良かった……。しかし、あの少女は何だったんだ?」
俺は低く呟く。
未だ頭にこびりつくあの異様な存在感、
そして少女が残した言葉。背筋に冷たいものが走る。
「分かりません。……ただ、情報源はこの場にたくさんいます」
紅葉が静かに答え、視線を周囲へと向ける。
俺もそれに倣い、視線を巡らせた。
倒れ伏した巫女たちが、地面に静かに横たわっている。
いかにも神聖そうな衣が血溜まりで染まり、無惨な光景を作り出していた。
しかし、よく見ると皆、わずかに胸が上下している。
どうやら妖力の過剰使用か何かで意識を失っただけのようだ。
俺はひとつ、長い溜息をつく。
「仕方ない。さっきの少女との約束もあるし、ちょっとぐらいは治療してやるか」
自嘲気味に呟くと、俺はゆっくりと手を翳し、指先にかすかな魔力を集めた。
淡い光が闇に溶けるように揺らめく――。
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