エレナたちによってダダダ団が撃退された。
俺は普通に立ち上がってしまったが、ボコボコにされた直後にそれは不自然である。
慌てて傷が痛むフリをしたところ、サーニャちゃんに抱きつかれてしまった。
「うぅ……。お客様ぁ……」
「さっちゃんさん……?」
どうしたものだろうか?
俺は戸惑ってしまう。
男爵としての俺やBランク冒険者としての俺は結構モテる方だと思うが、一般人として偽装している時に美少女から抱きつかれるとは思わなかった。
「へぇ……。タケシ、良かったじゃない」
「ふふふー。窮地を救った泥臭いヒーローが、美少女ヒロインに抱きしめられてるって感じだねー」
「いつか、オレっちもいい男を見つけたいっす!」
エレナ、ルリイ、テナの順に、三者三様の反応を見せる。
特に嫉妬の感情は見受けられない。
彼女たちとはまだ付き合いが浅い上、俺のことをDランク冒険者だと思っているようだからな……。
第三者として色恋沙汰を面白おかしく見ることはあっても、当事者として俺にアプローチしてくることはなさそうだ。
「ぷはっ……。あはは。みなさん、見てたのですか……」
俺は顔を上げて、恥ずかしさを誤魔化すように笑う。
サーニャちゃんは、まだ俺を離そうとしない。
「お客様、にゃぁを助けてくれたことに感謝しますにゃ。ありがとうございますにゃ」
「い、いえ……。そんな……。大したことじゃありませんよ……」
「いいえ! 命を懸けてまで、にゃぁのことを守ってくれたんですにゃ! とてもすごいことですにゃ!!」
サーニャちゃんが熱弁を振るう。
俺の顔に唾がかかるぐらいの距離で、至近距離で見つめてくる。
(近い……。それに、いい匂いがするな……。これが猫獣人の香りなのか?)
俺がそんなことを考えながらドギマギしていると、サーニャちゃんはハッとした表情になった。
「にゃぁ、こんなことをしている場合じゃないですにゃ! 早く手当てしないと!!」
「あっ! そういえばそうでした!!」
俺は慌てて自分の体を確認する。
ダダダ団に殴られた箇所が腫れていた。
治療魔法を発動すれば一瞬で治療できるぐらいの軽傷だが、治療魔法を使えることは隠しておきたい。
「にゃぁの『猫のゆりかご亭』で休んでいくといいですにゃ!」
「ありがとうございます。では、お言葉に甘えさせていただきましょう」
「あ、でも……。よく考えたらマズイですにゃぁ……」
サーニャちゃんが困った様子で言う。
ここで休んだらマズイ理由が何かあっただろうか?
昨日は普通に泊まれたはずだが……。
「満室ですか?」
「違いますにゃ! さっきのやり取りで、『猫のゆりかご亭』は本格的に目を付けられたのですにゃ。お客様が中で休んでいる間にまた襲われたら、今度こそ無事で済まないかもしれませんにゃ」
「なるほど……。確かに……」
まぁ、俺が全力を出せばチンピラごとき瞬殺できるわけだが。
サーニャちゃん視点で考えれば、俺をここで休ませるのはマズイことになるだろう。
「ふん。そんな心配は無用よ!」
「エレナ? いったいどういう――」
「敬語!」
「えっと、エレナさん。いったいどういうことなのでしょうか?」
やれやれ……。
エレナは本当に言葉遣いに厳しいな。
彼女の方が高ランクだったとしても、年齢は俺の方が上なのに……。
「簡単なことよ! 今日で、奴ら『ダダダ団』は壊滅するからね。もう『猫のゆりかご亭』を襲撃することはできないわ!!」
エレナは自信たっぷりに言う。
確かに、大元のダダダ団が壊滅したら、チンピラたちが借金を名目に『猫のゆりかご亭』に手出しをすることもなくなるだろうが……。
「依頼主からは『なるべく穏健に』って言われていたけど、もう我慢できない! Cランクパーティ『三日月の舞』として、早急に悪を根絶やしにしてやるんだから!!」
エレナは鼻息荒く宣言する。
どうやら、彼女は俺が思っている以上に正義感が強いらしい。
「そ、それは頼もしいですね……」
「ふっふっふ。大船に乗ったつもりでいなさい! この依頼が終われば、Bランク昇格も見えてくる……! そしたら私、クランを立ち上げるんだから! タケシも私の仲間に入れてあげる! 感謝しなさいよね!!」
「は、はい……。光栄です……」
俺は愛想笑いを浮かべながら答えた。
別にクランへの加入に興味はないけどな。
俺は俺で『ビリオンズ』というクランを立ち上げているし。
まぁ、ここでそんなことを説明する必要はないだろう。
「さぁ、行くわよ! ルリイ! テナ!」
「ふふふー。分かったー。さっきの感触だと、楽勝っぽいよねー」
「ちゃちゃっと済ませるっす! 俺っち、この任務が終わったらたくさん肉を食べるっす!!」
エレナ、ルリイ、テナの順で口を開く。
そして、3人は颯爽と走り去っていった。
「にゃぁ……。あの人たち、大丈夫ですにゃ? ダダダ団はたちが悪いのですがにゃぁ……」
「あはは……。大丈夫ですよ。エレナさんたちは強いですから」
不安げな表情を浮かべるサーニャちゃんに答える俺。
だが、俺も彼女と同じく不安に感じてしまう。
(本当に大丈夫なのか……? どことなく死亡フラグっぽい流れだったぞ……)
俺はそんなことを思いながらも、彼女たちの後ろ姿を見送る。
そして、サーニャちゃんに案内され、『猫のゆりかご亭』の一室で傷を癒やすことにしたのだった。
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