「タカシ?」
「…………」
「ねぇ! タカシってば!!」
「はっ!?」
俺はモニカの声で我に返る。
一体、何をしていたところだったか……。
「どうしたの? この料理、早く3番テーブルに届けてよ!」
「あ、ああ……。もちろんだ」
俺はモニカの指示に従い、料理をお客さんに届ける。
そう……今は昼時。
ラーグの街にある『ラビット亭』は大盛況だ。
元々は、モニカ、モニカ父、モニカ母の3人で営んでいた料理屋だと聞いている。
だが、数年前の事故によりモニカ母が行方不明となり、しばらくして死亡宣告が出された。
さらに少し前にはモニカ父が難病を患い、満足に働けなくなった。
ここ最近は、モニカが1人で店を回していた。
そんな折、俺が『ラビット亭』の店員として雇われることになったのである。
たまたまフラッと入って食べた料理の味に、俺が一目惚れした形だ。
「ふぅ……。お疲れ様、タカシ」
「ああ。モニカこそ、お疲れ様」
昼のラッシュが終わり、俺とモニカはまかないを食べながら会話する。
彼女の料理は絶品だ。
以前から料理上手だったところに、俺の『ステータス操作』による強化が加わった。
ひょっとすると、ラーグの街でも随一の腕前じゃなかろうか?
俺は彼女の料理を堪能するために生きている。
そう言っても過言ではない。
「さっきはどうしたの? ボーっとしていたみたいだけど……。疲れてる?」
「いや、大丈夫さ。俺以外にも大変な人はたくさんいるし、泣き言なんて言ってられない。少しでもたくさんの人に、料理を食べてもらわないと……」
ここ最近、西の森で魔物の生態系に異変が生じているらしい。
ホワイトタイガーという魔物が発見されたとか……。
何とか討伐できたみたいだが、冒険者10名ほどが犠牲になった。
その中には、若い少女の冒険者もいたらしい。
俺は冒険者ではないし、彼女たちと特に面識はない。
だが、もし俺が料理系統ではなくて戦闘系統のスキルを伸ばしていれば……なんてことを考えたりもしてしまう。
「タカシは……強いね。私は怖いよ。東の方じゃ、戦争が長引いているみたいだし……」
「東? ああ、ゾルフ砦の辺りか」
聞いたところによると、オーガやハーピィといった種族が攻め込んできたらしい。
俺は最低限の戦闘系スキルしか取得していないので、あまり関係ないが……。
もしゾルフ砦が突破されたら、この街まで戦火に巻き込まれるかもしれない。
モニカが不安に思うのも無理はないだろう。
「俺たちは俺たちで、料理人としてできることをやっていこうぜ。……ん?」
俺はふと、窓の外に視線を向ける。
人影が見えた気がしたが……気のせいだろうか。
「どうしたの?」
「いや、誰かいた気がしてな……」
俺の言葉を聞いて、モニカも窓の外に目を向けた。
だが、特に人影のようなものはない。
「もしかしたら、犬獣人の子かも……」
「犬獣人?」
「うん。ちょっと貧しい子みたいで、料理で余った具材をあげたりしてたんだよね」
「余った具材って……。最近は大盛況で、食材は使い切っているんじゃないか?」
俺はそう指摘する。
ステータス操作により、モニカの料理の腕は上がった。
それに、俺も料理関係のスキルを優先的に伸ばしている。
おかげさまで大盛況だ。
食材が余ることはほとんどない。
「うん。だから最近はご無沙汰で、心配になって……。今度、中に入れてあげようかな?」
「あー……。まぁ、いいと思うぞ。モニカさえ良ければ」
俺がモニカと出会う前は、ラビット亭は閑散としていた。
犬獣人の子からしても、その頃なら気軽に来れる雰囲気だったことだろう。
だが、ここ最近のラビット亭は大盛況だ。
過剰な客入りに対応する形で値段もいくらか上げており、客層も変わった。
モニカの心優しい性格に変わりはないが……。
犬獣人の子からすれば、関わりづらいと感じるかもしれない。
料理をごちそうしてあげるなら、こっちから言った方がいいだろう。
「さて、そろそろ仕事に戻るか。夕飯時にも、きっとたくさんのお客さんが来るぞ」
「うん! 頑張ろうね!!」
モニカは笑顔でそう言うと、俺に抱き着いてきた。
俺は思わず赤面する。
こうして、ラビット亭の日常は過ぎていく。
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