タカシは崖から飛び降り、中ほどまで進んでいる。
ほぼ自由落下で谷底に到達したクリスティやアランとは違い、彼は重力魔法のレビテーションを発動している。
そのため、谷底に至るまでにまだ多少の時間が掛かりそうだ。
そうこうしている間にも、クリスティたちの戦いは佳境を迎えていた。
「ちっ! なかなかタフな奴だぜ」
クリスティが悪態をつく。
彼女が放つ攻撃は、リトルベアに確かなダメージを与えているのだが、なかなか討伐には至らない。
「へへへ。俺のとっておきを出すぜ。お前がスキを作れ」
「……わかった。あたいも奥の手を出す。アランの出番が来なくても恨むなよっ!」
クリスティが闘気を高めていく。
「いくぜっ! 『赤猫族獣化』!!」
クリスティが叫ぶ。
同時に、彼女の体が赤いオーラに包まれた。
猫耳がより強調され、髪色の赤みが増し、全体的に荒々しく野生っぽい雰囲気になった。
「グルルル……。ガアアァッ!!」
リトルベアが、クリスティに向かって突進してくる。
「遅いぜっ! 裂空脚!!」
クリスティが跳躍し、リトルベアの顔面に回し蹴りを放つ。
「ゴアアッ!?」
リトルベアが仰け反り、大きく体勢を崩す。
獣化の効果により、クリスティの身体能力や闘気の出力は一時的に増している。
彼女は着地すると、アランに叫んだ。
「今のうちにトドメをさせ!」
「任せろっ!」
アランが剣を構え、走り出す。
「ガルル……。グオオォォォッ!!」
リトルベアはアランの存在に気付き、腕を振り上げる。
「甘いぜっ!」
アランはリトルベアの攻撃をギリギリで避ける。
そして、剣に闘気と魔力を込めていく。
ミティが作った上質の剣。
タカシによって生成された火の魔石。
それらを魔道技師ジェイネフェリアが調整した、特別製の魔法剣である。
ラーグの街にて他の武具やポーションと同様に、やや割安で販売されたものだ。
割安とは言っても、性能がいい分値段も張るのだが。
アランは日頃から節制した結果、この武器を手に入れることに成功していた。
「いくぜぇっ!! 斬魔一刀流……火炎斬!!」
ズバアァン!!
凄まじい轟音とともに、リトルベアの体に大きな切り傷を刻んだ。
「グアアァッ!?」
リトルベアが絶叫する。
アランの放った一撃は、リトルベアの体に致命傷を与えたのだ。
だが……。
「ぐ……。はあ、はあ……」
アランが膝をつく。
無理もない。
彼は、落下のダメージを引きずったまま戦い続けてきた。
そこに、火炎斬という消耗の激しい技を使用した。
チートの恩恵を受けているタカシならともかく、普通の冒険者が使うのは厳しい技だ。
アランは、上質な剣や火の魔石のおかげで、かろうじて火炎斬を発動できたに過ぎない。
彼の疲労はピークに達していた。
「ゴアアアァッ!」
リトルベアが、アランに向けて爪を振るう。
アランによる切り傷は致命傷ではあるが、即死級のものではない。
いずれは流血により体力が奪われ、死に至るだろう。
だが、その前の最後の抵抗により、アランも道連れになる恐れがあった。
「させるかよっ!」
クリスティが飛び出す。
彼女が闘気をさらに高めていく。
「ツー・ファイブ・マシンガン!!」
ズダダダッ!!
クリスティが高速の連続キックを放つ。
放たれた25発の蹴りは、リトルベアへのトドメとなった。
「アガアァッ……」
リトルベアが倒れ込む。
「ふぅ……。なんとかなったな」
獣化状態を解除し、クリスティが呟く。
そこに、アランがやってきた。
足をプルプルさせており、体力が限界に達している様子だ。
「助かったぜ。ずいぶん強いんだな。見直したぞ」
「あたいもだよ。あんたがいなかったら、どうなってたか……」
クリスティとアランががっしりと握手をする。
2人は、友情を感じ合ったのだった。
だが、この一瞬の気の緩みが仇となる。
「ガルルゥッ!!」
突如、クリスティたちの背後から声が響いた。
「なっ!?」
クリスティが振り向く。
そこには、先ほど倒したはずのリトルベアの姿があった。
「嘘だろ? 倒せたんじゃなかったのか?」
「違う! さっき倒した奴はそこに転がっている! こいつはまた別の個体だ!」
アランの言葉通り、リトルベアの死体は確かにそこにあった。
クリスティたちが最初に戦った個体とは別なのだ。
「グルルル……。ガアアッ!!」
リトルベアがクリスティたちに襲い掛かる。
クリスティたちは咄嵯に回避行動をとり、直撃は免れた。
しかし、リトルベアの攻撃の余波を受けてしまう。
「ぐっ! キ、キツイな……。もう獣化する体力は残ってねえぞ……」
クリスティが苦しげに言う。
「俺も限界が近い……。すまん、お前だけでも逃げてくれ」
アランがそう言った時だった。
「グルルル……! ガアッ!!」
リトルベアがクリスティに飛びかかる。
「ちぃ! クソッたれがぁっ!」
クリスティが拳を構える。
だが、間に合わない。
リトルベアの爪がクリスティに迫る。
ズバァッ!!
「え……?」
クリスティの視界に、血飛沫が舞う。
自分の血ではない。
「おい! なんであたいなんかを庇った!!」
クリスティが叫ぶ。
アランが、リトルベアの爪によって体を切り裂かれていた。
即死級のダメージではないが、かなりの深手である。
「へへへ……。臨時とはいえ、仲間を守るのは当然だろ……」
アランが力なくそう言う。
そして、彼は倒れ込んだ。
そのまま彼の意識は薄れていく。
「ちっ! 余計なことを! こんな奴、あたい1人でも戦えたんだ!!」
クリスティが強がりを言うが、もちろんそんなはずはない。
彼女は、アランがいなければ確実にリトルベアの攻撃を受けていた。
「ぐっ! まだ死んではいねえな? 何とかここから脱出を……」
クリスティがアランを担ぎ、走り出す。
だが、彼女も相当疲弊しており、男1人を担いでリトルベアから逃げ切れるわけがなかった。
「ガアアァッ!!」
「ぐあっ!!」
リトルベアがクリスティに突進し、彼女は弾き飛ばされてしまった。
担いでいたアランも、少し離れたところに吹き飛んでしまう。
「くそ……。体が動かねぇ……」
クリスティが立ち上がることができない。
「グウゥ……」
リトルベアがゆっくりと近づいてくる。
アランよりも先にクリスティにトドメを刺そうというところだろう。
クリスティは死を覚悟した。
「ちくしょう……」
クリスティの目尻に涙が浮かぶ。
だがその時、彼女の前に助けが現れたのだった。
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