俺はお忍びでラーグの街に繰り出した。
ミリオンズメンバーの現状を確認するためだ。
モニカとニムはオルフェスで待機中。
ミティ、アイリス、リーゼロッテ、レインは屋敷で再会済み。
残りは、マリア、サリエ、蓮華、ユナである。
「治療院は……こっちだったか」
俺は街を歩く。
目的地は、サリエが働く医療機関だ。
今は、魔熱病の予防接種を実施中らしい。
「ここだな。――ん?」
「びえええんっ!!」
「びえええええんっ!!」
「あら、ほら。大丈夫よ、いい子いい子」
「泣かないの。お母さんがついているからね」
俺は治療院の前で立ち止まる。
すると、中から小さな子どもが泣き叫ぶ声が聞こえた。
「ふむ。一般住民の子どもたちか……」
俺はこっそりと中の様子を確認する。
予防接種の注射を嫌がる子どもに、母親らしき女性があやしていた。
(どこの世界でも、注射は嫌がられるものなんだな。……いや、この世界ならなおさらそうか)
俺はしみじみと思う。
この世界には治療魔法がある。
そのため、予防医療はあまり発達していない。
予防接種の注射が広く行われている現代日本でさえ注射を嫌う子どもは多いのだから、初体験者ばかりのこの場で泣き叫ぶ者が多いのは、至極当然のことだと言える。
(サリエも、ちゃんと子どもあやせているのかな?)
事務的に治療や予防行為を行うだけが仕事ではない。
俺は少し不安に思いつつも、治療院の中へと足を踏み入れる。
すると――
「びえんっ!! びええええっ!!」
「びええええええええんんっっ!!」
「大丈夫? マリアお姉ちゃんがそばにいるからね」
「よしよし……。いい子いい子ですよ……」
また別の一角から、泣き叫ぶ声が聞こえる。
そして、それを優しくあやすマリアとサリエがいた。
(おお……! サリエに加え、マリアまでちゃんとあやしているじゃないか!)
俺は感動した。
治療院の核はサリエだ。
そして、アイリス、マリア、リーゼロッテたちを含めた諸々のメンバーが普段からそのフォローをしていた。
今日はアイリスとリーゼロッテがオフらしく、屋敷でくつろいでいた。
ならばマリアが働いているとは思っていたが、ここまで立派に子どもをあやせているとは思っていなかった。
「うぅ……。い、痛そうですぅ……。やっぱり、わたしは今度に……」
「リン、それはいけませんよ。あなたも男爵様のために、しっかりと予防接種を受けなければ」
「そ、そうは言ってもぉ……。あんなものを腕に刺されている子を見たら、怖くて足が……」
「必要なことですから。あなたも、ゆくゆくは冒険者として活躍していきたいのでしょう? 魔熱病は、冒険者の方が罹患リスクが高いという話もあります。さぁ、早くしなさい」
「は、はいぃ……」
また別の一角では、リンとオリビアがそんなやり取りをしていた。
リンはハイブリッジ家に仕える幼女メイドだ。
初めて会ったときが7歳で、今は8歳だったはず。
少し前からロロやノノンと共に、ファイティングドッグ狩りに取り組むようになっていた。
やや意外だが、将来はメイドではなくて冒険者になりたいらしい。
もっとも、独り立ちというよりはハイブリッジ家の御用達冒険者になりたい感じのようだが……。
現状で言うところの、トミーやアラン、あるいは雪月花のようなポジションかな。
オリビアはハイブリッジ家に仕える熟練メイドだ。
元はサリエの付き人。
俺とサリエが正式に結婚したため、オリビアの在籍もハイブリッジ家に移った。
ここ最近は、ハイブリッジ家に関わるメイド業務をこなしてくれている。
また、サリエに関する業務も優先的に行ってくれている。
治療魔法こそ使えないものの、治療院におけるサリエに継ぐ核と言っていいだろう。
(リンは注射嫌いか……。おませなところもあったが、まだまだ子どもだなぁ。それに対するオリビア……。リンが部下ということもあるだろうが、なかなかの迫力がある。まるで鬼軍曹だ)
俺はそんなことを思いながら予防接種を眺める。
ヤマト連邦への潜入メンバーであるマリアとサリエの元気そうな姿を見ることができ、安心した。
リンとオリビアも元気そうだ。
ミリオンズが抜けても、街の平穏は守られるだろう。
次は、蓮華やユナの現況を確認して……。
――いや、せっかくだしオリビアに一言ぐらい挨拶しておくか。
俺はそんなことを考えつつ、治療院の視察を続けることにしたのだった。
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