俺は治療院をお忍びで視察中だ。
領主の俺が姿を現すと、騒ぎになってしまうだろう。
マリアやサリエの現況も確認できたし、本当はこのまま立ち去っても良かった。
しかし、せっかくなのでオリビアにだけは挨拶をしておこう。
え?
この場にはマリア、サリエ、リンもいるのに、どうしてオリビアだけ特別扱いをするのかって?
それにはちゃんとした理由がある。
(彼女の忠義度は39……。あとほんの少しで、忠義度が40に達するんだよな)
俺と彼女の付き合いの長さは、俺とサリエのそれよりも少し短い程度だ。
俺とサリエが2年で、俺とオリビアが1年半といったところか。
ずいぶんと長いし、それなりに深い付き合いもある。
9か月ほど前には、口での技を堪能させてもらったこともある。
にもかかわらず、彼女には加護(微)しか付与できていない。
彼女がサリエのお付きメイドであることが、最大の要因だろう。
主人以上に俺との仲を深めてはならないと、一歩引いた態度を崩さないのだ。
口での技の件も、俺とサリエが諸事情によりできないときに妥協案のような形でしてもらっただけだ。
俺とサリエが結婚して4か月ほどが経過した今なら、そろそろ頃合いかもしれない。
実際、この4か月で彼女の忠義度は微増傾向だった。
ヤマト連邦へ旅立つ前に加護(小)だけでも付与しておけば、留守中のハイブリッジ男爵領を安心して任せることができる。
(さて……。こっそりと声を掛け、外に出てきてもらうか? それとも……)
俺は考える。
そして、1つの妙案が浮かんできた。
タイミングを見計らい、さっそく実行に移す。
「ぐぅっ!? く、苦しい……!!」
俺は苦悶の声を上げる。
胸をギュッと押さえ、その場に倒れ込んだ。
「えっ? 急患ですか?」
「いきなりっ!? おじさんが倒れちゃったよ!!」
おじさんとは何だ。
俺はまだまだ若いつもりだぞ。
……まぁ、実は今の俺は幻惑魔法『ミラージュ』によって変装しているので、外見はおっさんになっているのだが。
「サリエお姉ちゃん、すぐに行ける!? マリアはちょっと手が離せない!!」
「こ、この子への注射が終わったら、すぐに向かいます!」
マリアとサリエが慌てだす。
タイミング悪く、彼女たちはちょうど手が塞がっている。
俺の狙い通りだ。
「僭越ながら私が診ましょう!」
そう言って現れたのは、オリビアだ。
彼女は俺のすぐ近くに来てくれた。
「ごふっ!」
俺は大きく咳き込む。
そして、胸を強く押さえた。
「う……。しかし、治療魔法が使えない私では……」
「ベッドに……」
「え?」
「柔らかいベッドで休めば、回復するかも……。できれば個室で……」
「わ、分かりました!!」
オリビアは俺の体を軽々と担ぐ。
やはり、彼女は身体能力が高い。
サリエのお付きメイドだが、何やら剣術の心得もあるみたいだったからな。
約1年前に開催したハイブリッジ杯では、王都騎士団の元小隊長であるナオンといい勝負をしていたこともある。
オリビアはその身体能力を発揮し、別室のベッドへと運んでくれた。
しかも、要望通りに個室だ。
ここなら、人目がない。
(ふっ……。成功だ)
俺は心の中でほくそ笑む。
先ほど俺が立てた妙案とはこれだ。
サリエとマリアの手が塞がっている状況で急患が発生すれば、きっとオリビアが対応してくれると思ったのである。
「では、私はこれにて……。治療魔法使いを呼んできますので」
オリビアがそう言って離れようとする。
そうは行くか。
俺は最後の力を振り絞って(という雰囲気を出して)、彼女の袖を掴んだ。
「お、お待ちください……。実は、この病気は難病でして……! 治療魔法では癒せません! 特殊な治療法が必要なのです……」
「なっ……!? そうなのですか!?」
オリビアが驚愕した表情を浮かべる。
俺は大きく頷いた。
よし、食いついてくれたな!
(問題はサリエとマリアの介入だが……)
俺の愛する妻たち。
本来なら、歓迎こそすれ邪魔なんてことはあり得ない。
しかし、オリビアの忠義度を稼いでおきたい今、彼女たちの手出しは極力阻止したいところである。
「これは男として恥ずかしい治療法になります……! 今はこの部屋に俺たち以外いませんが、あまり他の者に見られたくはないのです。どうか、ご協力を……」
「わ、分かりました! では、他の者に事情を伝え、部屋を閉め切ります! どうかお任せください!!」
オリビアは力強く頷く。
よし、第一関門はクリアだ。
少しばかりチョロくて不安になるが……。
ま、それだけ俺の演技が一級品ということだろう。
オルフェスで鍛えられたからな。
このまま、オリビアとの仲を深めさせてもらうとするか。
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