「よっす、戻ったぞ」
俺は武神流道場の引き戸を開け、中に入る。
すると……
「あれ? 誰もいないのか?」
道場の中は、しんと静まり返っていた。
おかしいな。
紅葉たちはもう起きているはずなんだが……。
「おーい! 誰かいないのか!?」
俺は大声を出す。
ここは『謀反衆』の拠点でもある。
リーダーは俺。
幹部は、将来的な期待を込めて紅葉・流華・桔梗。
3人の剣術指導役として、桔梗の祖父でもある武神流の師範。
そして、諜報担当として女忍者の無月もいる。
彼女は桜花七侍なので、あまり表立って俺たちの利になる行動はできないのだが……。
無理のない範囲での諜報活動や、忍者志望の流華への技術指導を担当してもらっている。
そんな彼女たちがいるはずだが……。
「誰も出てこないな……」
俺は道場を見回す。
すると、妙なものを発見した。
「なんだ、これは……?」
中庭の地面に、謎の紋様が描かれている。
一見すると魔法陣のようだが……。
少し違うな。
魔法ではなく、妖術系統の陣のようだ。
俺は『ステータス操作』のチートスキルを持っているが、妖術についてはまだ勉強中で様子見の段階。
ひと目見ただけで、陣の効果を把握することはできない。
「……ふむ。確信は持てないが、おそらくは拘束系・昏睡系の妖術といったところか?」
俺は分析する。
それと同時に、不穏な予想も頭の中に浮かんできた。
「まさか……。この場所が襲撃され、紅葉たちは連れ去られてしまったのか……? この陣は、戦闘の跡だとか……」
その予想が当たっていたら、とんでもないことだ。
紅葉、桔梗。
俺のことを慕ってくれている、将来性豊かな美少女たちである。
紅葉は知的なしっかり者、桔梗は無口で実直な剣士だ。
流華。
俺のことを『兄貴』と呼んでくれる、やや粗雑だが心根の優しい少年。
まだ性的な経験をしていないことを気にしていた。
場合によっては、俺が尻を貸してやってもいいと思えるほどには目をかけている。
ついでに、無月と師範。
2人とも大人なので、紅葉たちへ向けるほどの庇護欲はないが……。
それでも、大切な仲間だ。
「くっ……! 俺が目を離した隙に……」
俺は歯噛みした。
俺の諜報活動から拠点がバレるリスクは認識していたが、これまでは相手側に妙な動きがなかった。
だからこそ、少し気を抜いていたことは否めない。
「俺は……なんて馬鹿なんだ……!!」
自分の浅慮さに対する怒りが収まらない。
紅葉たちの身に、もしものことがあったら……。
そう思うと、居ても立っても居られなかった。
「早く助け出さないと……! どこに連れ去られたのか、何か手がかりは……」
俺は焦る。
何か手がかりはないかと道場を調べ始めた。
「……ん? これは……」
陣から特定の方向にのみ、植物の芽が生えている。
この植物は、確か『七つ草』だったか。
紅葉が少し前に話していた。
「紅葉め、こんなところにまで植えていたのか? 植物好きはいいのだが、ちょっと困りものだな……」
武神流道場の敷地内には、中庭がある。
その一部の領域は、紅葉の家庭菜園エリアとなっている。
彼女の趣味としてストレス解消になり、ちょっとした自給自足にもなり、植物の勉強にもなり、そして一定条件下で植物妖術の補助要因にもなる。
彼女に頼まれ、『吸魂花』という特殊な植物の苗を手に入れたりもしたな。
だが、今見つけた『七つ草』の芽はそういった家庭菜園エリアの外にも及んでいる。
中庭の緑が増えるのは結構だが、度が過ぎるとジャングルみたいになってちょっと困るかもしれない。
「……妙な植え方だな? 一見すると規則正しい植え方だが、途中で2方向に折れ曲がって……?」
俺は観察を続ける。
そして、気付いた。
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「これは……矢印か? そして、植えられているのは『七つ草』……」
俺は考える。
紅葉らしくない、ルールから逸脱した妙な植え方。
それが「→」の形をしているのは、偶然ではないだろう。
「……はっ! そうか、そういうことか……!!」
俺は全てを理解する。
そして、紅葉たちを救うべく駆け出したのだった。
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