「ひひ。お嬢ちゃん、手加減はしねえぜ!」
「もちろんだよ。全力で来て!」
中年太りした武闘家の男の言葉を受け、アイリスが元気よくそう返事をする。
ここは王都にある有名な道場。
アイリスは腕試しとして師範に試合を申し込んだ。
あいにく師範は不在だったが、代わりにこの男が相手をしてくれているのだ。
「うっかりおっぱいとかに触っちまっても、セクハラとか騒ぐなよ! 行くぞぉっ!!!」
男が叫びながら、拳を突き出す。
その速度は、常人の目には止まらないほど。
中年太りした男とはいえ、この有名な道場で鍛錬を積んでいるだけはある。
かなりの実力を持っている。
しかしアイリスは余裕をもってその攻撃をかわす。
「ひひひ。なかなか素早いじゃないか」
「そりゃどうも!」
元々アイリスは技巧派の武闘家だ。
タカシの加護の対象者となった後も、基本的には技巧系のスキルを伸ばしている。
格闘の技量が増す格闘術の他、視力強化や器用強化を伸ばしている。
相手の攻撃をいなすぐらいはお手のものだ。
「まだまだいくぜぇ!」
男が連続で攻撃を放つ。
パンチ、キック、フック……。
いずれも超高速で放たれており、常人には視認することさえできないほどの速度だ。
「へえ、すごいじゃん!」
アイリスは軽々と回避していく。
「ひひ、避けられるか! ならこれはどうだ!?」
男はそう叫ぶと、今度は連続して突きを放った。
ボクシングでいうジャブのような、コンパクトな連打だ。
「うわっと……! …………なるほど、そういうことか」
アイリスは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに冷静な顔に戻る。
そして、その意図を理解したようだ。
「ひひっ! 気づいたか! 嬢ちゃんは技量に自信があるようだが、体力や筋力は不足していると見た! この攻撃を防ぎ続けることはできまい!」
男がドヤ顔でそう言う。
「…………」
アイリスは無言のまま、男の攻撃をいなし続ける。
彼女の技量であれば、きちんと受け流してほとんどダメージを受けることはない。
とはいえ、まったくのゼロダメージというわけでもない。
このまま攻守が逆転しなければ、いつかは男に軍配が上がる可能性が高いだろう。
「俺の攻撃のリズムに合わせて、カウンターを入れようとしても無駄だぜ! 俺の連撃は途切れることなく続くからな!」
男が勝ち誇ったような顔をする。
「ふーん。そうなんだ」
アイリスがそう言って、口角を上げる。
「……? 何を笑ってやがるんだ? まあいい。もうすぐ終わりにしてやるぜ!」
男はそう叫ぶと、さらに闘気を開放した。
「行くぜ! 剛拳流、侵掠すること火の如し!!!」
男が叫んだ直後、彼の体がぶれた。
次の瞬間、凄まじいスピードで連続の突きが繰り出される。
「おおーっ!! 速いねー。それに重い!!」
アイリスは感心しながら、それらを回避する。
「ひひ、まだまだぁっ!!」
男は休むことなく、次々と拳を放ってくる。
「おらおらおらぁっ!!」
男の拳が次々にアイリスを襲う。
「やるねー! ここまで強いとは思わなかったよ」
アイリスはそう言いつつも、余裕の表情を崩さない。
彼女は巧みなフットワークで男の猛攻をかわし続ける。
「くそっ! なんなんだ、こいつ……。俺の動きについてきてるだと!?」
「ボクに当てるには少し出力が足りないかな? 思っていたよりは強いから、自信を持っていいと思うよ」
「ぐっ! だが、防御してるだけじゃ勝てねえぜ! こうなりゃ体力が尽きるまでやってやんよ! お前のちっぱいは俺のモンだぁ!!」
男が血走った目をしながら、大声で叫ぶ。
一般的にはやや慎ましい方のアイリスの胸部だが、この男にとってはストライクゾーンだった。
「あはは、おじさんってば必死だねー」
アイリスが笑う。
胸の大きさに言及した男のセクハラ発言を意に介した様子はない。
穏やかで優しい女性ばかりのミリオンズの中でも、彼女の人間性はトップクラスなのだ。
とある冒険者から恐喝まがいのタカリを受けた際にも、ホイホイと金を渡そうとしていたレベルである。
「うぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
男が叫びながら、猛烈なラッシュを放つ。
しかし、アイリスはそれらの攻撃を涼しい顔で回避し続けている。
「ひひ、なかなか粘るじゃないか! だが、いつまでもつかな!? このままじゃ嬢ちゃんが負けるぜ!!」
「それはどうかな?」
「何ぃ?」
「おっと……! はいっ!」
アイリスは突然ステップインすると、強烈なボディブローを叩き込む。
「ぐほあっ!」
男の口から唾液が飛び散る。
「バ、バカな……。なんだこの威力は……!? 溜めなしでこれだけのパンチを……?」
「ボクは確かに技巧系の武闘家だけど、筋力や闘気もそこそこ鍛えているんだよ」
アイリスが微笑む。
タカシの加護の恩恵により、彼女の基礎ステータスは3割向上している。
また、脚力強化や闘気術のスキルも伸ばしている。
そんじょそこらの武闘家が相手なら、パワーにおいても彼女がそうそう負けることはない。
「ぐ……。しかし残念だったなぁ……! この俺を倒し切るには、少し威力が足りなかったようだぜ?」
男は殴られた腹を抑えながら、ニヤリと笑った。
「へえ、まだそんなことを言う元気があるんだ」
アイリスは感心したような声を出す。
「ひひひ、俺はタフだからな!」
「でもさ……」
アイリスはそこで言葉を区切った後、闘気を開放した。
「これならどうかな? 聖闘気、豪の型」
「……は? ……え?? ………………はっ!」
アイリスの聖闘気を見た男は、一瞬だけ呆けた顔をした後、急に慌て始めた。
「聖闘気だと……!? 中央大陸から伝わったばかりの新技術……。なぜお前のような小娘が使える!?」
「え? だって、ボクは中央大陸の出身だし」
「なにぃ!? ……ま、まさかお前は”武闘聖女”アイリスか!? ギルド貢献値8700万ガルの……」
「へえ。よく知ってるねー。ボクも有名になってきたかな?」
特別表彰者の知名度についてはまちまちだ。
この男は武闘関係者ということもあり、冒険者としてはやや珍しい女性武闘家のアイリスが印象に残っていたのである。
「じゃあ、覚悟してよね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! その闘気量はダメだ!!」
男が悲鳴のような声を上げる。
その全身からは冷や汗が流れ出ている。
「ダメ? なんで?」
「そんな闘気を込めたパンチを受けたら、死んじまうだろうが!!」
「おじさんなら大丈夫だよ。一発ぐらい耐えられるって。それに、もう出しちゃったからね」
アイリスはそう言うと、男に向かって突進する。
「いやいやいや! マジでやばいから! 死んじゃうから!!」
男が慌てて後退りをする。
しかし、すでに疲労困憊の彼にアイリスから逃げ切る体力は残っていない。
「ぐっ! ……あっ!?」
彼は足をもつれさせ、尻餅をつく。
「はい、おしまい」
アイリスは笑顔を浮かべると、拳を振り上げた。
「い、嫌だ!! 死にたくない!!」
「……」
必死の形相を浮かベる男に対し、アイリスは無慈悲にも拳を繰り出す。
ドゴッ!
男の顔をかすめるように放たれた拳は、彼のすぐ横の床へと突き刺さった。
「あばばばば……」
男は恐怖のあまり、泡を吹いて気絶してしまった。
「これで終わりだね。ボクの勝ち」
アイリスはニッコリと微笑みながらそう言う。
満足した彼女は彼に背を向けて立ち去ろうとするが、顔だけを振り返らせる。
「そうだ。言い忘れていたことがあったよ」
彼女が自身の胸に手をやる。
「ボクの胸はちっぱいなんかじゃないよ。これでも、タカシのおかげで大きくなって……。って、何を言わせるのさ! もう!!」
気を失っている男に対して、アイリスは最後にそう言ったのだった。
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