華河藩、城下町の一角にあるうどん屋『紅乃庵』。
その店先には、対決の開始を待つ人々が集まり、ざわめきが広がっていた。
――讃岐家の嫡男・琉徳と、紅乃のうどん勝負。
決着の場は、店の近くにある広場。
会場では湯気がゆらめき、白木の机が清潔に整えられている。
その場に座す五人の審査員たちは、緊張に包まれた空気を微かに漂わせていた。
彼らは琉徳の影響下にある者ばかり――公平な審査を期待するのは難しい。
しかし、その五人の中にただ一人、余所者の娘が混じっていた。
「わたくしは審査員の璃世ですわ。公平に審査させていただきますわよ」
青い瞳を輝かせ、優雅な所作で席につくリーゼロッテ。
彼女の声は澄んでおり、場の空気を一瞬で引き締めるほどの存在感を放っていた。
その横で、琉徳は不敵な笑みを浮かべる。
「ふん。紅乃の腕がどれほどのものか、見せてもらおう。さっさと始めるぞ」
言葉とともに、彼は袖をまくる。
彼もまた、紅乃と同じくうどん職人としての一面を持っていた。
その仕草には余裕が滲み、すでに勝利を確信しているかのようである。
そうして、うどん対決の幕が上がった。
「――待たせたな。いっちょ上がりだ!」
静寂を破るように運ばれてきたのは、琉徳が作った『金糸うどん』だった。
器の蓋が開かれた瞬間、上品な香りがふわりと広がる。
黄金色に輝く細麺は、一筋の乱れもなく整えられ、まるで絹糸のような滑らかさを誇っていた。
干し鮑や山海の珍味が丁寧にあしらわれ、まるで御前試食の膳を思わせる華やかさだ。
華河藩が誇る上質な塩を用いた出汁には繊細さと深みがあり、その香りが審査員たちの鼻腔をくすぐる。
「これぞ華河藩の誇り。格式ある食の極みよ」
琉徳が誇らしげに胸を張る。
その自信は絶対的なものだった。
審査員たちは静かに器を手に取り、慎重に箸を進めた。
一口、口に運んだ瞬間、その表情が微かに和らぐ。
「……これは確かに見事な出来だ」
「香り高く、上品な味わい……まるで御前試食の料理のようだ」
誰もが感嘆の声を漏らし、頷き合う。
確かに、この一杯には研ぎ澄まされた技術が詰まっていた。
その中で、リーゼロッテもゆっくりと箸を動かす。
青い瞳がじっと麺を見つめ、慎重に口に運んだ。
ひと呼吸の間を置き、静かに味を確かめる。
「……たしかに、美味しいですわね。ですが……」
彼女の眉がわずかに寄る。
その僅かな変化が、まるで湖面に落ちた一滴の水のように静寂を広げ、場の空気を張り詰めさせた。
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