ニルスとハンナたちが村へ戻ろうとしていたところ、森の中から悲鳴が聞こえた。
急いで駆けつけたところ、リトルベアが村人を襲っていた。
ニルスが熊と村人の間に立ちふさがり、拳を構える。
このリトルベアはやや小さめの個体のようだ。
これなら時間稼ぎくらいはできるかもしれない。
「大丈夫。俺に任せてください」
そう言って、熊に向かっていく。
熊の振り下ろしてきた腕を受け流し、顔面に右ストレートを叩き込む。
「グウゥッ……!」
巨体が怯み、威嚇の声を上げる。
「ガアァアッ!!」
だが、すぐに体勢を立て直すと、今度は突進してきた。
その鋭い爪でニルスを引き裂こうとする。
「くっ!」
ニルスは避けようとするが、間に合わない。
「はあっ!!」
だが、そこに割って入った者がいた。
ハンナである。
彼女が放った弓がリトルベアに突き刺さる。
痛みでリトルベアの動きが鈍る。
「ナイスだ! ハンナ」
ニルスがそう言いながら、さらに拳を打ち込んでいく。
「グギャアア!! ……グルルル」
リトルベアは苦しそうな表情を浮かべるが、まだ戦意を失っていないようだ。
その後も、ニルスとハンナにより順調にダメージが蓄積されていく。
「いけるぞ! 討伐してしまおう!!」
「了解!」
ニルスの言葉に、ハンナが元気よく返事をする。
当初は時間稼ぎだけのつもりだったが、方針転換だ。
倒せるなら倒した方が確実である。
ニルスが闘気を開放する。
アイリスに教わっていた技を使うときが来たのだ。
「ハアーーッ!!!」
なかなかの量の闘気がニルスを覆う。
「くらえっ! 裂空脚!!」
「ゴアアアァッ!!!」
強烈な蹴りで吹き飛ばされたリトルベアが木に衝突する。
「追撃するよっ! パラライズ・アロー!!」
ハンナがすかさず矢を放つ。
雷魔法が込められた矢だ。
ハイブリッジ家の者は、各種の魔法を練習している。
何しろ、とても優秀な使い手がミリオンズに揃っているのだ。
火魔法は、タカシとユナ。
風魔法は、蓮華とミティ。
雷魔法は、モニカ。
土魔法は、ニム。
水魔法は、タカシとリーゼロッテ。
植物魔法は、サリエ。
重力魔法は、マリア。
聖魔法は、アイリス。
治療魔法は、サリエだ。
様々な種類のハイレベルな使い手が揃っているという点では、かの有名な魔法学園都市シャマールにも決して引けは取らない。
そんな贅沢な環境下で、ハイブリッジ家の面々は各種の魔法を練習している。
もちろん才能や適性というものがあるので、全てを使えるようになるわけではない。
ハンナの場合は、雷魔法に多少の適性があった。
タカシによる加護(小)の恩恵でMPや魔力のステータスが向上していることも大きい。
彼女はモニカの指導のもと、最初級魔法であるスパークを使えるようになった。
次の段階であるパラライズは独力ではまだ発動できないのだが、雷の魔石の補助を受ければ発動できる。
ミティがハイブリッジ家のために作成した高品質の弓を、彼女は使っているのだ。
「グッ……グアアァッ!!」
リトルベアが麻痺に抵抗する。
だが、そこへニルスとハンナが追撃を狙う。
「次で決めるぞ! ハンナ!」
「任せて! 息を合わせよう!」
ニルスとハンナがオリハルコンのクワを手に持ち、闘気を高めていく。
この村の農作業を手伝う際にも大活躍していたクワだ。
「「はあああぁっ! ダブルスマッシュ!!」」
2人の最後の一撃が、リトルベアに直撃した。
リトルベアがとうとう動かなくなる。
「す、すごい……」
「あのリトルベアをこんなにあっさり……」
村の少女たちが呆然としている。
さらには、彼女たちが救援として呼んだ村の男性陣やニルスの兄も唖然となっていた。
「こ、これほどとは……」
「凄まじい戦闘能力だな……。これなら、冒険者や騎士としても大成できたんじゃないか?」
「ニルスの奴め。俺と戦ったときは、全力を出していなかったのか……。要らん気を遣いやがって」
村の男やニルスの兄たちは感心しきりだ。
「ふう……。何とか勝てたか」
「ニルス。お疲れ様」
「ああ、ハンナもお疲れ様」
「ニルスのお陰で何とか倒せたね」
「ハンナも頑張ってくれたからだよ。ありがとう」
「いや、そんな……」
ハンナは照れくさそうにしている。
「それにしても、まさかリトルベアが出てくるなんて驚きだ」
「そうだよね~。この辺りにはリトルベアはいないはずなのに」
ハンナが不思議がっている。
この村の近郊では、もっと低ランクの魔物が出現していた。
瘴気に汚染されている上、数が多いので厄介ではあるのだが、戦闘能力という点ではさほどでもなかった。
「とりあえず、リトルベアの死体を回収しようか。見たところ汚染されていない普通の魔物だから、血抜きすれば食べられるだろう」
「うん。それがいいかもね。それに、間違いなく死んでいるかの確認もしないと……」
ニルスとハンナがそんな会話をしている。
そこに、村人たちが集まってきた。
彼らがニルスとハンナを取り囲む。
「本当に助かったよ。君たちがいなかったら、どうなっていたことか」
「まったくだぜ。リトルベアが相手じゃ、俺たちだけじゃあ太刀打ちできなかった」
「ニルスさんの戦い、惚れ惚れしましたぁ」
「ハンナちゃんの弓も、かなりのものだったな。それに、雷魔法も……」
口々に感謝の言葉を述べる。
「そ、それほどでもないさ。それよりも、リトルベアの死体の回収を……」
ニルスがそう言うが……。
「まあまあ! 後は俺たちがやっておくよ! 今日は宴だ!!」
「ニルスさんたちは、村でゆっくりしておいてくださいよ~!」
「リトルベアを倒してくださった英雄ですもん!」
「私たちに任せてください!」
村人たちが興奮した様子でまくし立てる。
「えっ? ちょっ……!?」
「お、落ち着いてよ~……」
村人たちの勢いに押されてしまったニルスとハンナは、そのまま村人たちに連れ去られていく。
全員がいっしょに一度村へ戻ってしまった。
後に残されたのは、倒れ込むリトルベア。
そして……。
「ははは! 人気者でござるな」
「ふふん。ハイブリッジ家の名声が高まるなら、悪いことではないわね」
そう言うのは、蓮華とユナだ。
異変を察知して、この場に急行していたのである。
ニルスとハンナが戦っているのを見て、彼女たちも参戦しようかと考えたが、予想以上に彼らが善戦していたためしばらく様子を見ることにしたのだ。
まさか、2人だけで勝てるとは思っていなかったが。
「しかし、ユナの姉御。奴ら、少し甘いですぜ。なあ? 月」
「その通りね。トドメを刺していないじゃない」
トミーと月がそう言う。
その言葉通り、リトルベアは実はまだ生きている。
ダメージは大きいが、死んでいないのだ。
「ふふん。確かに甘くはあるけど、ここまでやったなら十分ね。一応、後で軽く注意はしておくわ」
ユナがそう言う。
ニルスとハンナの本職は農業改革の担当官だ。
戦闘は専門外である。
そんな彼らがリトルベアに勝ったのだから、それだけで十分と言える。
「なら、花ちゃんたちでトドメを刺しておこうね~。ウッドバインド~」
花が植物魔法を発動させる。
既に満身創痍のリトルベアは、それに抗う力が残っていない。
「……僕がトドメを刺すよ。せいっ……!!」
雪が闘気を込めたパンチを繰り出す。
彼女の拳によってリトルベアの頭は粉微塵に砕け散り絶命した。
「これで一安心でござるな」
「ええ。そろそろ滞在も終わるし、最後にいい置き土産ができたわね」
このリトルベアは汚染されていないので、村の食料の足しになるだろう。
今回持ってきたのは、穀物や野菜が中心だ。
肉系の食料は有難がられるはずだ。
それに、普通の村人では対処が難しい中級のリトルベアを討伐したのだ。
村の安全度は向上したと言える。
また、ニルスやハンナたちが村人と共に村の農業改革に精を出している間、ユナ、蓮華、トミーや雪月花たちは、魔物狩りをしていた。
暇つぶしや鍛錬の意味合いもあったが、村の安全度を高めるためという目的もあった。
食料支援により当面の飢えは凌げ、農業改革により今後の食料不足の懸念も解消され、魔物狩りにより安全度も高まった。
ニルスとハンナの故郷であるこの村は、少なくとも今後しばらくは窮状に陥ることはないだろう。
ユナや蓮華たちは、それを確信している。
その後、戻ってきた村人たちがリトルベアの解体を行った。
夜に開かれた宴は、とても賑やかで楽しいものになったのであった。
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