「兄貴は本拠地でどっしりと構えてくれって言ったじゃないか。そりゃ、兄貴が死牙藩に行けば確実だろうけどさ。翡翠湖や虚空島で問題が発生したとき、対処が遅れるかもしれねぇぜ?」
その言葉は的を射ていた。
俺は桜花藩の最大戦力だ。
いや、最大という表現すら生ぬるいかもしれない。
俺以外の全戦力が一致団結しても、場合によっては俺一人に劣るかもしれない。
自分で言うのも何だが、チート持ちの俺はそれほどまでに強い。
そんな俺が単騎で特攻すればどうなるか?
当然、他の場所における不測の事態に対応しづらくなる。
俺が言葉に詰まったのを見て、流華は続けた。
「死牙藩は、俺に任せてくれよ。翡翠湖が紅葉、虚空島が桔梗なら、俺が何もしないわけにはいかねぇだろ」
決意を帯びた瞳がまっすぐに俺を見据える。
逃げ道も、躊躇も、そこにはなかった。
ただ、己の役目を果たそうとする意志のみ。
「一理なくはないが……。流華はあくまで諜報活動が専門だ。妖獣相手の諜報活動なんて……」
「そうは言い切れねぇぜ?」
彼はニヤリと口の端を上げ、懐から一枚の書状を取り出す。
それは、新たな情報が記載された報告書のようだった。
「白夜湖の東部を拠点に、妖獣狩りをしている謎の豪傑がいるって話だ。いったい何者なのか調べるには、忍者が適任だろ? 無月の姉御や幽蓮にも手伝ってもらうから、危険も少ない。俺たち『闇忍』に任せてくれ」
その口ぶりには誇りが滲んでいた。
暗部組織『闇忍』――影に生き、影を統べる者たち。
その名に恥じぬ動きを見せるつもりなのだろう。
俺はしばし目を伏せ、思案に沈む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……わかった。しかし、一つだけ言いたいことがある」
「なんだよ?」
「絶対に無理はしないように。そして、お前たちの組織名は『漆刃(うるは)』だ。間違えるな」
「一つじゃなくて二つじゃねぇか。……だが、わかったよ。俺たちはあくまで情報収集が役目。それは心得ておくさ」
軽口を叩きつつも、流華の声はどこか引き締まっている。
その背に宿る責任感を、俺は確かに感じた。
「ああ、任せたぞ」
視線が交差し、静かな火花が散る。
それは信頼という名の絆の証だった。
これで方針は決まった。
翡翠湖、虚空島、死牙藩。
それぞれ、信頼できる仲間たちが調査に赴いてくれる。
何か問題が発生すれば、俺が急行すればいい。
安全性と迅速性をバランスよく両立させつつ、有能な人材をさらに成長させるきっかけにもなる。
悪くない方針だろう。
――このときの俺は、そう思っていたんだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!