「取り消しません。あなたは敗北者です。その尻拭いをしている桔梗は、尊敬に値する」
「ぐぬぅ……!!」
師範は歯ぎしりする。
……なかなかの迫力だな。
彼は既に老齢だし、右手は骨折している。
だが、その体には武神流を長年に渡り指導してきたという確かな『圧』が感じられた。
俺はこの道場内で『闘気や魔力を使わない』という縛りを自らに課している。
そのような状態でこの爺さんの前に立つのは、少しばかり怖い。
「そこまで言うなら、お主の実力を見せてもらおう! 儂と立ち会え!! 左手一本でも、貴様ごときを打ち倒すことなど造作もないぞ!」
「……いいでしょう」
俺は頷く。
この爺さん、気に食わない。
頑張っている桔梗に対して、『これだから女は』と言い放ったのだ。
百歩譲って、敵対しているライバル道場の剣士がそのようなことを言うのは分からなくもない。
腹ただしいことには違いないが、まだ理解できる。
だが、この爺さんは桔梗の身内だ。
しかも、そもそも彼が敗北したから桔梗は苦労しているのだ。
そんな人間が『これだから女は』などと口にすべきではない。
「ちょっと……!? 2人とも、やめて!!」
桔梗が叫ぶ。
だが、その頃には俺と師範は木刀を構えて対峙していた。
「お爺ちゃん、やめて! 高志くんはとっても優しいし、剣術も有望で……!!」
「ふん……。こんな覇気のない新入りが、有望だと? 武神流の恥じゃ!」
「っ!!」
桔梗は唇を噛む。
その目には涙が溜まっていた。
俺は大きく息を吸うと、師範に宣言した。
「爺さん、先に言っておきましょう。俺は桔梗から、武神流の技術を吸収させてもらっています」
「ふん、小手先の技を盗んだぐらいで……。我が武神流は、そんな甘いものではないわ!! 高い身体能力と合わさってこそ、技術は有効活用できる! 貧弱な貴様が武神流を使いこなせるわけがあるまい!!」
「それはどうでしょうか? ――はぁっ!!」
俺は不敵に笑う。
そして、闘気を開放した。
「なっ!?」
師範が驚愕の声を上げる。
俺は、『この道場内ではあえて抑えていた闘気を開放しただけ』だ。
しかし、その圧倒的な威圧感に彼は気圧されているらしい。
「な、なんじゃ……。お主は……」
「俺は、しがない流浪の侍ですよ」
「流浪の侍だと……?」
師範は訝しげな表情をする。
そんな彼に構わず、俺は次なる行動に移った。
「――【ヒール】」
俺は治療魔法を自らにかける。
特に怪我などしていない今、この魔法に深い意味はない。
だが、多少の疲労回復効果はあるし、桔梗との鍛錬で負った微小な打撲傷などを癒すこともできる。
「な……!? それは治療妖術か!?」
師範が目を見開く。
このあたりの地域は、魔法よりも妖術の方が広く知られている。
実際には治療魔法なのだが、妖術と勘違いされても無理はない。
「ええ、そうです」
俺は頷く。
この爺さんに、『治療魔法だ』と教えてやる義理などない。
「まだまだ手札はありますよ。――【術式纏装・獄炎滅心】」
俺は全身に魔力を纏う。
これは火魔法の応用技であり、主に『火魔法の威力向上』や『魔法耐性の強化』などの効果をもたらす。
だが、別に剣術の試合でまるっきりの役立たずというわけではない。
身体能力の向上効果も多少はある。
「な、なんじゃ……!? それは……」
「説明するつもりはありません。さて、これでとりあえずの手札は一通り見せました。俺の実力は分かっていただけたでしょうか?」
「ぐっ……」
「挑発するわけではなく100パーセント俺が勝ちます。……それでも続けますか?」
「――っ!!」
師範の顔が怒りに染まった。
そして、左手一本で木刀を振りかぶる。
「武神流を舐めるな!! 若造がぁぁ!!」
師範が踏み込んでくる。
俺はそれを迎え撃つべく、木刀を構えたのだった。
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