俺は残念な記憶力を元に、トリスタに謎の追及をしてしまう。
だが、『今のはお前を試したのだ……』ということにして、咄嗟に誤魔化した。
トリスタや蓮華の視線が少し冷たい気もするが、たぶん誤魔化せたはずだ。
「ゴホン! ……ところで、巨大図書館で何をするつもりなんだ?」
「もちろん、本を読むのさ。たくさんの本に囲まれた、優雅な空間を目指そうと思ってる」
「なら、これらの魔道具は……」
「普通の人は、読書なんてあまりしないからね。最初はこういう体験の方が、入り込みやすいと思う」
「ふむ……」
なるほど。
言われてみれば、そうかもしれない。
俺も、日本にいるときは本をよく読んでいた。
しかし、最初から活字好きだったかと言えば、そこまでではなかった気がする。
アニメからマンガに。
マンガから挿絵の多いライトノベルに。
挿絵の多いライトノベルから一般文芸に。
そんな感じで、徐々に本慣れしていったような気がする。
「す、素晴らしい……!」
「え? どうしたの、ハイブリッジ男爵?」
「俺はトリスタの考えに感銘を受けたぞ! 本など読みたい者が読めばいい。そんな認識ではダメだな!」
「え、あ……うん。そうだね」
トリスタが戸惑っている。
しかし俺は勢いを緩めない。
さっきの横領疑惑への申し訳なさもあるし、別のとある狙いもある。
ここはしっかりと褒めておかなければ。
「トリスタにはボーナスを支給しよう! これからも、ハイブリッジ男爵領のために励んでくれ!!」
俺はその場で、彼に金貨10枚を渡す。
もっと渡してもいいが、地味に嵩張るからな。
これぐらいが無難だろう。
「うん、ありがとう。これで本がたくさん買えそうだ」
トリスタが少しばかり嬉しそうにする。
だが、少しだけだ。
まぁ、彼には普段からそれなりの給料を渡しているからなぁ……。
金貨10枚では、あまり忠義度が上がりそうにない。
「……あ、でもさ」
「なんだ?」
「文官の仕事が多くて、読書の時間が取れないんだよね。はぁ……」
トリスタがため息をつく。
彼は元より仕事嫌いで、ずっと本を読んで暮らしたいと言っていたな。
加護(小)によって諸々の能力が上がった今、仕事自体が辛いとは思っていないかもしれない。
しかし一方で、時間不足だけはどうにもならない。
「……分かった。一般民衆から文官見習いを募る。それとは別に、俺の方からも文官の幹部候補生を探しておこう。それらの者が一人前になった暁には……」
「暁には?」
「お前に超時短勤務の特別待遇を与える。……そうだな、1日4時間だけの労働で切り上げる権利を与えよう。もちろん給料は据え置きか、むしろ微増させてもいい」
「ええっ!? ほ、本当!?」
トリスタが驚く。
そんな彼に、俺は大きくうなずく。
やはり、彼への褒美はこういった方向性が良さそうだな。
通常の昇進では、勤務時間を変えずに役職や給料を上げることが多いだろう。
現代日本ではそれが普通だ。
しかし、給料は据え置きで勤務時間を短くするパターンも考えられなくはない。
優秀な人にはドンドン働いてほしい雇用者側からすると、あまりメリットはないが……。
トリスタのように余暇を大切にするタイプには、これ以上にない褒賞となる。
彼にはヒナという嫁さんもいるしな。
ある程度の給料は維持してあげるから、読書や家族との時間を大切にしてほしい。
「一般民衆の文官見習いに関しては、トリスタの裁量に任せる。優秀な者を見つけたら、幹部候補として引き上げてもいいぞ」
「あ、ありがとう! ……なんだか、やる気が出てきたよ」
「そうか。それは何よりだ」
トリスタが喜んでいるので、俺も嬉しい。
彼はずっと働きづめだからな。
ヒナにも尻に敷かれているっぽいし……。
リンドウ図書館が完成する頃には、その他の諸々も一段落して、ハイブリッジ男爵領の運営は落ち着き始めているだろう。
優秀なトリスタには1日4時間の勤務で本当に重要な事柄を任せ、残りはその他の文官に任せる。
それで問題ない。
ま、現時点では机上の空論だが……。
きっと何とかなる。
俺は、今しがた達成したばかりの『とある事象』を前に、そう考えるのだった。
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