タカシたちがウォルフ村で奪還作戦の打ち合わせをしている頃。
ディルム子爵一行が、無事に子爵領の街へと戻ってきた。
既に日は暮れようとしている。
一般兵たちは解散し、街に残っていた上司への報告や通常業務に戻った。
もう少ししたら、それぞれの自宅や宿直室などで休憩に入るだろう。
ディルム子爵が屋敷に戻る。
今この場にいるのは、主に7人。
ディルム子爵、シエスタ、ジャンベス。
シトニ、クトナ。
それにウィリアムとニューだ。
あとは、護衛兵や屋敷の使用人が少し離れたところに控えている。
シトニとクトナは、意識を取り戻して自分で歩いている。
後ろ手に縛られているので、抵抗や逃走などは現実的ではないが。
「くくく。何とか無事に帰ってこれたか」
ディルム子爵がそう言って、安堵のため息を漏らす。
「ふん。俺たちは休ませてもらう。部屋を一室借りるぜ」
「ああ。好きにしろ。もしものときは、頼りにしているぞ」
ディルム子爵はそう言って、ウィリアムとニューを見送る。
ディルム子爵は彼らに、引き続き護衛を依頼している。
少なくとも数日は、ウォルフ村からの攻勢を警戒する必要があるという判断だ。
「さて。シトニちゃんはオレの部屋に連れていけ。もう1人は……あの離れに軟禁しておけ。丁重にな」
「ははっ。承知しました」
ディルム子爵の指示に、シエスタがそう答える。
少し離れたところに控えていた兵が近寄る。
シトニとクトナをそれぞれ連れていくつもりだ。
「クトナ。きっと助けが来ます。諦めないでください」
「……シトニ姉さんも。がんばって耐えようね……」
「くくく。美しい姉妹愛か。それを見るのも一興だが……。今はいい。連れていけ!」
「はっ。……おい! こっちへ来い!」
ディルム子爵の指示に従い、兵がクトナを連れていく。
クトナは少し抵抗したが、縛られているため為す術もない。
引きずられるかのように連れていかれてしまった。
「さあ、シトニちゃん。オレといっしょに楽しいときを過ごそうぜ? くくく」
「ひっ!」
舌なめずりをしながらそう言うディルム子爵に、シトニが怯えた表情を見せる。
空には不穏な雲が漂っていた。
●●●
日が暮れて、しばらくした頃。
街の東門付近にて、男が2人話していた。
「なに? 迎撃の準備だと? 迫撃砲まで用意して?」
東門警備の副隊長がいぶかしげにそう言う。
「はい。なんでも、ミリオンズという冒険者パーティと赤狼族の戦士たちが攻めてくるそうで」
伝令の男がそう言う。
彼は、シエスタの部下だ。
「ほう。久しぶりの実戦だな。規模は?」
副隊長が楽しげにそう言う。
最近は平和そのものだった。
平和なのはいいことではあるのだが、刺激が足りない。
腕もなまる。
ときには、実戦も経験しておきたいと思っていたところだ。
「規模は数十人の見込みです」
「数十人? その程度であれば、迫撃砲の準備は要らないのではないか? あれは弾代もバカにならないし、暴発の危険もある。できれば使いたくないところだが」
副隊長はそう言って、迫撃砲の使用に難色を示す。
迫撃砲は、ある程度の小回りがきく使い勝手のいい大砲だ。
ただし、使い勝手がいいとは言っても、それは普通の大砲と比べればの話である。
使わなくて済むのであれば、使いたくないところだ。
「し、しかし。気になる情報が」
「なんだ?」
「ディルム様に同行されていた、アカツキ総隊長、カザキ隊長、それに他3名の隊長が捕虜になったとシエスタ殿から聞きました」
「む? そう言えば、カザキ隊長を見ていないな。急な仕事で街を離れるとは聞いていたが。そのウォルフ村とやらまで、ディルム様に同行していたのか。そして、捕虜になったと」
カザキは、この東門警備隊の隊長だ。
わずか19歳で隊長に抜擢された天才である。
ウォルフ村でモニカに敗北し、今は捕虜としてウォルフ村に捕らえられている。
「そう聞いています。カザキ隊長が捕らえられるぐらいですし、かなりの実力者が村に揃っていると思われます」
「それはどうかな。油断しただけかもしれんぞ。カザキ隊長は実力はあるが、少し精神的に甘いところがあるからな」
副隊長がカザキ隊長をそう評する。
副隊長は30代。
カザキ隊長よりも年上だ。
彼はカザキ隊長の実力は認めている。
一方で、隊長の精神面にまだ未熟な点があることも理解している。
普段は副隊長の彼がフォローしているが、今回の任務では別行動となってしまった。
「は。しかし、カザキ隊長だけではなく、アカツキ総隊長や他の隊長も捕虜となっていますが」
「それは確かにな。アカツキ総隊長が敗れるとは……。やはり、かなりの強敵と考えたほうがよさそうだな。心してかかる必要がある」
副隊長がそう言う。
ようやく、彼も今回の攻勢に対する警戒度を上げたようだ。
「それにしても、ディルム様やアカツキ総隊長がウォルフ村を訪れた理由は何なのだ?」
「わかりません。シエスタ殿も、言葉を濁しておられました」
借金の取り立ては、もちろん正当な行為だ。
しかし、代替執行としての奴隷の強制徴収は、かなり違法よりの行為である。
ウォルフ村はウェンティア王国に属していないので、法的には咎められることはない。
しかし人道に反する行為だとして、ウェンティア王国の王家から注意を受ける可能性はある。
また、隣接するサザリアナ王国から抗議される可能性もある。
「ふむ。俺たちに言えないような理由か。何か後ろ暗いことがありそうだが」
今回の件は、ディルム子爵としてもなかなか危ない橋を渡っていた。
ゆえに、限られた一部の者にしか今回の件の詳細は伝えていない。
彼がそこまでしてシトニを奴隷として強制的に徴収した理由はいったい何なのか。
「余計な詮索はしないほうがいいでしょう。私は一役人。あなたは警備隊副隊長。それぞれの職務を全うしましょう」
「ふむ。それもそうだな。よし、朝方までに守りを固めておこう。カザキ隊長が不在の今、東門の警備は俺に任せてくれ」
副隊長がそう言う。
その言葉を受けて、シエスタの部下の役人は帰っていった。
副隊長が部下たちに指示を出し、平時以上の厳戒態勢を整えていく。
迫撃砲も準備させていく。
しばらくして、無事に警戒態勢は整った。
朝になれば、入れ替わりで警備兵の人数も増える。
「よし。これでだいじょうぶだろう。そこらの戦士や冒険者程度では、この東門を突破できまい。街の平和は俺たち東門警備隊が守る!」
副隊長はそう言う。
自信ありげな顔をしている。
はたして、彼はミリオンズやウォルフ村の戦士たちの攻勢を止めることができるのだろうか。
●●●
東門の警戒態勢が整って、一晩が明けた。
ディルム子爵の屋敷に、1人の伝令が駆け込む。
「ディルム様! ご報告があります!」
「いったい何事だ。騒々しい。シトニちゃんとのひとときを邪魔しよって」
邸宅の奥のほうから、ディルム子爵が歩いて出てきた。
さらに別方向から、側近のシエスタ、謎の女のセン、冒険者のウィリアムもやってきた。
伝令の男が息を整えつつ、報告を始める。
「申し上げます! ウォルフ村方面から、数十人の軍勢を確認しました! ミリオンズもいます」
「なにっ!? 来るとは思っていたが、やけに早いな」
伝令からの報告を受けて、ディルム子爵がそう言う。
「それだけ、仲間がさらわれたことが許せないということでしょうな。奴らの結束を侮っていたようです」
「うふふ。飛んで火に入る夏の虫ですわね。東門の警戒態勢は万全なのでしょう?」
シエスタとセンがそう言う。
「くくく。もちろんだ。迫撃砲の使用許可も出しておるぞ。把握しておるな?」
「ははっ。万全の警戒態勢を敷くように伝えております。地の利はこちらにありますし、迫撃砲もあります。まずだいじょうぶでしょう」
ディルム子爵の言葉を受けて、伝令の男がそう返答する。
「くくく。それに、こっちにはいざとなれば”あれ”があるしな。ミリオンズめ、目にものを見せてくれるわ」
ディルム子爵はそう言って、不敵に笑う。
「…………ふん」
ウィリアムは何を考えているのかわからない表情で、ディルム子爵たちのやりとりを黙ってみている。
ディルム子爵、セン、ウィリアム。
そして、ミリオンズ。
様々な人たちの思惑が交差し、衝突する。
はたして、事態はどう転んでいくのか。
それを、まだだれも知らない。
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