湖水浴から数日が経過した。
戦後、俺たちは潜入組は長い間ハガ王国に滞在してきた。
バルダインたちとサザリアナ王国の使者との会談は一区切りした。
俺たち潜入組もそろそろゾルフ砦に帰る頃合いだ。
俺、ミティ、アイリス。
アドルフの兄貴、レオさん、マクセル、ギルバート、ジルガ、ストラス、ウッディ。
それにサザリアナ王国の使者と、その護衛。
みんなで帰ることになった。
見送りに、ハガ王国の面々がきてくれた。
バルダイン、ナスタシア、マリア。
それに六天衆と六武衆だ。
「陛下。長い間、お世話になりました」
『うむ。貴様たちは既に我らが同胞も同然。またいつでも来い』
バルダインに挨拶をする。
またいつでも来ていいそうだ。
俺には空間魔法レベル3”転移魔法陣作成”のスキルがある。
王宮の隅の小さな部屋を俺用に確保してもらっており、そこにしっかりとした転移魔法陣を作成済みだ。
ゾルフ砦に戻ったら、一度試してみよう。
100mの距離なら問題なく転移できることは、スキルを取得した日にテスト済み。
その後、ハガ王国内で数kmの転移もテストしておいた。
結果は問題なしだったが、消費MPが少し多めだった。
ゾルフ砦とハガ王国の距離だと、結果はどうなるか。
まず、無事に発動できるかどうかが問題だ。
無事に発動できたとして、消費MPはどの程度か。
消費MPなどの条件次第では、ハガ王国をそれなりの頻度で訪れることも可能だろう。
『マリア。ばいばいだ。また遊ぼうな』
『タカシお兄ちゃん! 行っちゃやだー! ずっとここにすんでよ!』
マリアにお別れを言ったら、駄々をこね始めてしまった。
「ごめんな、マリア。俺たちも帰る場所があるんだ」
世界滅亡の危機を避けるために、各地を回ってレベルを上げつつ、加護付与者を増やしていく必要がある。
世界滅亡がなければ、ずっとここに住むという選択もなくはないが。
しかしたとえ世界滅亡がなかったとしても、せっかくの異世界なのでチートを活かしてあちこち巡ってみたい気持ちもある。
『マリア。わがままを言うんじゃありません』
マリアの母、ナスタシア王妃がマリアを注意する。
『むー! なら、マリアもっしょにつれて行ってよ!』
「ごめんな。人族の街に連れていくのは、まだ危ないんだよ」
『やーだー! 行っちゃやだー! うぇーん!』
マリアが泣き始めてしまった。
ううん。
やはり連れていくか?
泣く子と地頭には勝てぬ。
『すまんな。タカシ。マリアには言い聞かせておく。達者でな』
泣きわめくマリアを、バルダインがあやしながら連れていった。
マリアには加護を付与している。
せっかく加護が付いたのでパーティメンバーに参加してもらいたいところではある。
だが、諸々の事情により彼女がパーティメンバーに参加するのは厳しい。
もう一度整理しておこう。
まず、年齢が低すぎる。
そもそも、冒険者ギルドの登録は10歳以上からだ。
別に未登録でも、勝手に冒険者パーティに同行して活動するだけなら大きな問題がないとはいえ。
さらに、彼女は国王の娘、つまりは姫だ。
おいそれと連れて行くわけにもいかない。
ハガ王国を拠点に活動するなら、まだギリギリ有りかもしれない。
しかし、ゾルフ砦やラーグの街での活動は厳しいだろう。
まだハーピィやオーガは知られていない種族だ。
外見はほぼ人だが、見慣れない種族として迫害される可能性もなくはない。
サザリアナ王国とハガ王国の協定が正式に結ばれれば、ハーピィやオーガとの友好が広く周知されていく。
1~2年もあれば、サザリアナ王国内ではハーピィやオーガが友好的な種族であると認知されていくだろう。
年齢の件と種族の件を合わせて考えても、少なくとも1~2年ぐらいはパーティ加入を保留にしておいたほうが無難だろう。
1~2年後でも、年齢的にはまだ早い気もするが、彼女のスキルはかなり豪勢だからな。
俺たちでサポートすれば、問題ないような気がする。
最初のレベリングを慎重に行えば、攻撃スキルとかも取得していける。
そうなれば、戦闘力の面では問題なくなってくる。
数年後に迎えにくるから、それまで待っていてほしい。
『あの娘が大きくなれば、人族の街を訪れてみてもいいでしょう。考えておきますわね』
ナスタシアがそう言う。
「ええ。その時は任せてください」
俺たちやナスタシアから少し離れたところでも、それぞれの人が別れを惜しんでいる。
「とうとう、お前にはスピードで勝てないままだったな」
ストラスがセリナにそう言う。
『お前ではないの。自分の名前はセリナなの。何度言えばわかるの』
「セリナ。俺はこのまま終わる男ではない。首を洗って待っていろ。いつかまた来る」
『負けないの。でも……、楽しみに待っているの。精々がんばるがいいの。ストラス君』
兎獣人のストラスとオーガのセリナ。
湖水浴の一件以来、彼らはよくいっしょに訓練をしているようだ。
訓練以外にも、何かといっしょにいるところを見かける。
あのラッキースケベ事件から、恋愛関係に発展したのだろうか。
何とも言えないいい雰囲気だ。
俺にはミティとアイリスがいる。
羨ましくなんてない。
ない。
「へっへっへ。娘をちゃんと育てておけよ、クラッツ」
「訓練に付き合ってやったが、まだまだ甘いところが多いぞ! ギャハハハ!」
『無論、きちんと指導していくさ。お前たちも、達者でな』
アドルフの兄貴、レオさん。
それにクラッツたち六天衆。
彼らが別れを惜しんでいる。
俺も彼らと別れるのは寂しいが、これが今生の別れというわけでもない。
特に俺の場合は、転移魔法陣があるしな。
ナスタシアや六天衆、六武衆と最後の別れを済ませる。
ゾルフ砦の方面に向かって歩き出す。
『『またなー!』』
後ろから、送別の声が聞こえてくる。
いつの間にか、バルダインとマリアも戻ってきていたようだ。
『タカシお兄ちゃん! また来てね! ぜったいだよ!』
マリアはまだ泣き顔だが、そう言って手を振ってくれている。
「ああ! 絶対にまた来る! またな! マリア!」
俺も手を振り返した。
彼女と次に会う日を楽しみにしつつ、ゾルフ砦への歩みを進めていく。
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