わたしの名前はノノン。
どこにでもいる普通の女の子。
――と言いたいところだけど、実はわたしの人生は波乱万丈だ。
小さい頃は良かった。
優しいお母さんと頼りになるお父さんがいて、毎日幸せに暮らしていた。
だけど、ある日突然その生活が崩れ去ったんだ。
冒険者のお父さんが、魔物狩りで失敗。
右足と左手を失った状態で、森から運ばれてきたのが始まり。
それからというもの、お父さんはずっと家で寝ているようになった。
お仕事に行くこともできず、家にいるだけ。
たまに起きてきても、ご飯を食べたらすぐに眠ってしまう。
失った手足が生えてくることはないそうだけれど、ずっと安静にしていれば少しは働けるようになる日がくるかもしれない。
お母さんはお父さんの治療費と、わたしたち3人分の生活費を稼ぐためにがんばってくれた。
途中からはわたしも働くようになった。
でも、お母さんはずっと無理していたみたい。
お母さんも倒れてしまった。
わたしの稼ぎなんかじゃ、治療どころか生きていくことすら難しい。
そんなときに声をかけてきたのが、悪い人。
最初は良い話だと思った。
カジノで順調に勝って、もう少しでわたしたちの借金を返せる額を稼げるというところまできた。
でも、すべては幻だった。
最後の勝負で負けてしまったあとは、みるみるうちにお金がなくなっていった。
そして服を賭けた勝負でも負けて、男の人たちの前で裸にされてしまった。
しかも、わたしは奴隷として悪い人たちのモノになると言われた。
そんな中、助けに来てくれた騎士様がいた。
その人は、わたしを助けてくれたばかりか、悪い人たちをみんなやっつけてくれた。
しかも、お父さんとお母さんに魔法をかけてくれた。
さすがにお父さんの手足は生えなかったけど、それでもすごく体調が良くなったみたい。
信じられなかった。
まるでお伽噺に出てくる勇者さまみたいだった。
「わたしの騎士様……。また会いたいなぁ……」
わたしは思わずそんなことを呟いた。
すると、隣のベッドで寝ていたお父さんが目を覚まして、こっちを見た。
昔は寝ている時間が多かったけれど、ここ最近は起きている時間も多い。
騎士様にかけてもらった治療魔法が、すごく効果があったみたい。
「……ふふ。ノノンは本当にあの騎士様が好きなんだな」
「ち、違うよ! べつに好きとかじゃないもん!」
「そうなのか? なら、なんでまた会いたがってるんだ?」
「それは……」
どうしよう。
正直に言えば、わたしは騎士様のことがすごく好きだ。
きっと、世界で一番好き。
運命の人かもしれない。
悪い人に捕まっていたわたしを助けてくれて、優しい言葉をかけてくれて、お父さんとお母さんに魔法をかけてくれて……。
これで好きにならない女の子はいないよぉ。
でも、それを言うのは恥ずかしい。
「あらあら。ノノンは、また騎士様のことを話しているのね」
「あっ、お母さん」
昔のお母さんは、ずっと働いていた。
お父さんの治療費、それにわたしたち3人の生活費を稼ぐためだ。
でも、騎士様が魔法をかけてくれたおかげで、お父さんの傷の具合はずいぶんと良くなった。
しかも、生活費としてお金までくれたみたい。
お母さんは遠慮していたそうだけれど、最終的には受け取った。
そのおかげで、こうして家族3人で話す時間が増えた。
「もう、ノノンは騎士様にベタ惚れねぇ」
「べ、別にそういうんじゃないもん!」
お母さんが会話に入ってきた。
わたしが否定しても、ニコニコ笑って聞いてくれない。
わたしが顔を赤くして黙っていると、お父さんが口を開いた。
「ノノンがそうやって照れているのは珍しいな」
「そうですか? 私にはよく見せますが」
「むぅ……。お父さんは、お母さんの味方なの?」
「いや、俺はノノンの味方だよ。誰を好きになっても、応援するさ。……ただなぁ」
お父さんは困ったような顔になった。
「あの騎士様は、とても高貴な方だ。タカシ=ハイブリッジ男爵――本来であれば、俺たち平民が口を利くことさえできない相手だ」
「そうねぇ。すごく気さくな方だったけれど。噂じゃ、元々は平民で、冒険者としてすごい活躍をして男爵になられたみたい。だから、私たちみたいな一般市民とも気軽に接してくれるのでしょうね」
お父さんとお母さんが、騎士様について話しはじめた。
2人とも、すごく嬉しそうだ。
「ノノンの初恋を応援したいが……。さすがに貴族様相手はなぁ……。あの方なら不敬だとかは言われないと思うが、あまり俺たち平民が関わっても迷惑が掛かるだろう」
「そうねぇ……。聞いた話では、もう8人のお嫁さんがいるみたいよ。ノノンにチャンスがあるとすれば、お妾さんかしら? 親としては手放しで応援はできないけど、ノノンがそれでもいいなら……」
お父さんとお母さんの話を聞いているうちに、わたしは悲しくなってきた。
だって、わたしが騎士様のところにお嫁に行くなんて、絶対にあり得ないことだと分かっちゃったから。
「……もうこの話はおしまい! さぁ、朝ご飯を作ろうよ。お母さん!」
「そうね。そろそろ作りましょうか。お父さんも手伝ってくださいね」
「ああ、分かったよ」
3人そろってベッドから出て、台所に向かう。
わたしたちは幸せだ。
毎日ごはんを食べて寝られるだけで、すごく幸せな気分になれる。
お父さんとお母さんがいて、わたしもいる。
これ以上の幸せはない。
あの騎士様のお嫁さんになれなくても、わたしは十分すぎるくらいに満足できる。
……そう思っていた。
「お母さん、サラダを入れる食器はどこにあるの?」
「えっと、戸棚の上の方にあったはず……。待っててね、高いところにあるからお母さんが取るわ」
「ううん! イスに乗れば、わたしにも届くから大丈夫だよ!」
わたしはそう言って、イスに飛び乗る。
そして棚の中から食器を取り出して――
「わわっ! お、重いぃ……。あぁっ!?」
バランスを崩してしまった。
自分の体が倒れていく。
まるで時間がゆっくりと流れているように感じた。
このままだと床にぶつかる。
高いところから落ちたら、ケガをしてしまうかもしれない。
でも、どうしようもない。
わたしは目をつむり、衝撃に備える。
でも、衝撃はいつまで経ってもこなかった。
「……あれ?」
恐る恐る目を開ける。
すると、そこには――
「危ないところでしたね。おケガはありませんか? 姫様」
わたしの大好きな憧れの騎士様が、優しく微笑んでくれていたのだった。
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