「やれやれ、心配性な爺さんだな……」
稽古場から去っていった師範を見送り、俺は1人呟く。
先ほどの俺の発言に嘘はない。
ミッション達成は引き続き目指したいし、桔梗たちを無闇に巻き込むことは避けたい。
一見すると、いいとこ取りを狙った現実味のない作戦に思えるだろう。
だが、俺はこれでもかなりの強者だ。
チートスキル『ステータス操作』により、多種多様なスキルを会得している。
念のために情報収集を続けているが、いざとなれば俺の戦闘能力でどうとでもできるはずだ。
桜花七侍とやらだって、大したことなかったしな。
「……ふぅ。しかし、妙だな。この胸の奥のざわめきは……」
俺は小さく呟く。
俺の心の中に、『何か』が引っ掛かっている。
だが、それが何なのか分からないのだ。
「精神的なものか? ……いや、待て。ひょっとして……これか?」
俺は『アイテムボックス』の中から、とある石を取り出す。
それは宵闇の中、どういう原理かほんのりと光を発していた。
「こいつは確か……『光の精霊石』だったか? どうやって手に入れたかのだったかな……」
今の俺は記憶を失っている。
空間魔法『アイテムボックス』に入っている各種の物品も、入手した経緯をよく覚えていないのだ。
記憶を取り戻す手がかりになる可能性もあるため、積極的な処分などはしていないが……。
この『光の精霊石』のように、存在意義が分からないアイテムも多い。
「うーん……。ダメだな、思い出せん」
俺は頭を捻ってみるが、よく思い出せない。
商店で購入した?
ダンジョンで発掘した?
……いや、誰かからプレゼントされたもののような気もする。
暗闇の中でもほんのりと光っている『光の精霊石』は、本当に――
「煩わしいな。こんな光……不愉快だ」
俺は『光の精霊石』を、床に投げ捨てる。
……ん?
おかしい。
俺はどうして、不愉快だと思ったのだろう?
人は暗闇を恐れる生き物だ。
太古の経験が遺伝子レベルで引き継がれているのだろう。
文明を手にする以前の人類にとって、暗闇は恐怖の象徴。
森の中で一夜を明かす場合、夜行性の獣に見つからないようにじっとしていたはず。
闇を恐れなかった者もいたかもしれないが、そういう者は獣によって襲われ死亡し、闇を恐れる者だけが生き残ってきた。
俺だってそんな人類の端くれ。
ならば、宵闇の中でほんのりと光る石を見て、不愉快になるのはおかしい。
「なんだ……? この感情は? この価値観は? きれいな石を見て、どうして不愉快になる? あの石は、大切な人からプレゼントされたものだったかもしれないのに……」
俺は戸惑う。
不思議な『光の精霊石』を床に捨てたことを、後悔している自分がいる。
だが、それと同時に『捨てて良かった』『捨てるべきだ』と感じる自分もいる。
今の俺は……どうなっている?
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