治療岩の職員たちは、責任者リリアンを筆頭に忙しそうに動き回っている。
だが、負傷者は一向に減らない。
治療魔法をかけていくペースよりも、新たに運ばれてくるペースの方が早いのだ。
(このペースでは、間に合わないな……)
俺は密かに歯がみする。
負傷者たちの苦しみの声が耳に痛い。
彼らも辛いだろうが、俺の心にも響いてくる。
「【ヒール】!」
リリアンは必死に治療を行っているが、彼女自身のMPにも限界はあるはずだ。
このままずっと治療を受けていても埒があかない。
「どいてろ。俺が治療する」
「えっ!? な、何を言っているのですか! 人族のあなたに、人魚族の重要な役目を任せるわけにはいきません!!」
俺が前に出ると、リリアンが警戒心を見せた。
まぁ、当然の反応だろう。
戦士たちは既に生死の境をさまよっている状態だ。
治療者が少し悪意を持っただけで、容易く死に至ってしまう。
あるいは、悪意でなく多少の過失程度であっても死に直結しかねない。
彼女の警戒は分かる。
だが、ここで引き下がるわけにはいかなかった。
「いいからどいてろ」
俺はリリアンを押しのけようとする。
彼女の柔らかなボディを感じるが、今は置いておこう。
「緊急時に種族の違いは関係ない。それとも、戦士の命より人族への偏見を優先するのか?」
「そ、それは……!」
俺の反論にリリアンは言葉を詰まらせる。
ここは引けない場面だ。
ここで引いてしまえば、人魚族の戦士たちは助からない。
(さて……)
俺は負傷者たちの様子を確認する。
深い傷を追っている者が多いようだ。
このままでは数分のうちに死に至ってもおかしくない。
(急がないとな……)
俺は即座に集中する。
そして、治療魔法の詠唱を始めた。
「【ヒール】!」
俺の治療魔法が行使される。
急いではいるが、焦りすぎも良くない。
そこそこ程度の魔力を込めるに留めた治療魔法だ。
こういうときこそ、COOLになる必要がある。
決して、KOOLになってはいけない。
(さて……)
俺は治療魔法をかけたばかりの重傷者に視線を向ける。
すると、彼の傷が見る見るうちに回復していくことが確認できた。
「こ、これは……」
リリアンが驚きの声を漏らす。
俺は彼女が驚いている隙に畳みかけることにした。
「まだ終わりじゃないぞ。次の患者を診させてもらう」
「えっ!? ま、待ってください!」
リリアンが何か言っているが、俺はさっさと次の負傷者の元へ向かう。
そして、同様の手順で治療魔法を行使していった。
「今は緊急事態だ。俺の治療魔法を存分に活用させてもらうぞ」
俺はリリアンにそう言うと、さらに次の患者に向かう。
彼女はまだ何か言いたげだったが……。
「……分かりました。今はあなたを信じます!!」
「ありがとうよ」
リリアンが折れた。
論より証拠。
百聞は一見にしかず。
俺の治療魔法を見せたことが有効だったらしい、
今だけだが、俺を信じることにしてくれたようだ。
ありがたいことである。
(これで、治療に専念できるな)
俺は引き続き、治療魔法を行使していく。
新たに運び込まれてくる怪我人より、治療されていくペースの方が早い。
「次だ。【ヒール】」
「私はこっちの戦士を……。【ヒール】!」
俺とリリアンは、手分けして治療魔法を発動する。
彼女とはまだ少しばかりの確執を残しているものの、同時にどこか一体感のようなものも感じていた。
そして、他の職員たちもそれぞれが奮闘している。
この調子なら、やがてひと息つけるだろう。
全てが順調に思えた、その時――
「申し上げます! 他の治療岩が満床で……! こちらで新たに重傷者を受け入れてもらえないでしょうか!?」
人魚族の伝令が駆け込んでくる。
彼の後ろには、多くの負傷者たちの姿があった。
どうやら、治療魔法の使い手不足の影響がこちらにまで押し寄せてきたらしい。
形式的には受け入れ要請だが、もう来ているのであれば実質的に受け入れるしか選択肢はない。
その状況を見て、リリアンが目を見開く。
「なっ……! こ、ここも一杯一杯なのに……!!」
リリアンは動揺を露わにしている。
それを受けて、俺は――
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