無事に目的地に着いた。
これからはここを「北の練習場」と呼ぶことにしよう。
名前が安易すぎるかな?
まあ分かりやすいしこれでいいだろう。
なぜわざわざ名前を付けるのか?
それは今後もここを使う機会が多そうだと思ったからだ。
街中に刃物や鈍器を振り回せるような場所はほとんどない。
しかし新人冒険者が練習なしでいきなり魔物討伐に挑戦するのはリスクが高い。
そこで役立つのが、この「北の練習場」である。
ここは街の外である。
魔物はファイティングドッグぐらいしかいない。
街に近いのでその数もあまり多くない。
まさに初心者が練習するのに最適な場所だと言える。
次に加護が付く人がユナやリーゼロッテであれば、わざわざ練習は必要ない。
彼女達はもう既に一人前の冒険者なのだから。
しかし、次に加護が付く人がミティのように戦闘経験のない人であれば、練習が必要になる。
その時はこの「北の練習場」が役に立つ。
また、以前兄貴達と約束したように新人冒険者の指導をするときにも、この練習場は役に立つだろう。
「北の練習場」に足を踏み入れる。
草が生えているのが少し邪魔だな。
足を動かしづらい。
それに数は多くないとはいえ、たまにファイティングドッグが辺りをうろついているのが目に入る。
鬱陶しい。
これでは目の前の練習に集中できないだろう。
あえて実戦に近い環境で戦うというのも1つの練習ではあるが、それはもっと後の段階でいい。
初心者はまず足元や周囲の環境が整った場所で落ち着いて腕をみがくべきだ。
塀を造りたい。
この辺りをぐるっと囲む感じで。
もちろん手作業ではやってられないから、土魔法を使ってだ。
次に誰かに加護が付いたら土魔法を取ってもらうのもありか?
もちろんこの練習所を整備するだけが目的じゃない。
俺の火魔法と水魔法、ミティに取ってもらう可能性のある風魔法。
そこに土魔法が加わればかなりの柔軟性がある戦闘ができるようになる。
いや、そもそもミティが土魔法を取るのもありか?
ミティが自分の土魔法で土の球を作り出し、投擲術を使ってそれを投げつける。
戦法としては十分にありだ。
現状では、ミティの投擲の手数は環境に左右されている。
そこらに石や岩が落ちている環境なら問題ない。
ここ北の草原や、西の森での狩りならば大丈夫だ。
しかし、今後戦う場所によっては、石や岩を確保するのが難しいこともありうる。
俺のアイテムルームにあらかじめ石や岩を入れておいて、ミティに渡すという手段はどうか?
戦闘中にそんな悠長なことはしていられない。
戦闘前にいくつか渡しておくとしても、数に限度がある。
大岩なら1個か2個。
直径20センチぐらいの大きさの石なら、大きめのカバンに入れて渡すとしても、せいぜい10個程度か。
戦闘前にそこらに岩を置いておくのも微妙だな。
接敵してからそんなことをしている暇があれば、火魔法の1つでもぶつけた方が良さそうだ。
ミティが土魔法を取れば、環境に左右されずに投擲物を確保できるようになるだろう。
しかし石や岩レベルの強度を土球に持たせるのは容易ではないように感じる。
そこが心配だ。
考えてみよう。
ミティがもともと10個の石を持っていたとする。
風魔法および土魔法を使える回数は10とする。
石を投げて風魔法で加速させたときの威力を「大」、石を普通に投げたときの威力を「中」、土の球を投げたときの威力を「小」とする。
ミティが土魔法を取った場合。
もともと持っていた10個の石と、土魔法で作り出した10個の土球を攻撃に使える。
つまり、威力中の攻撃を10回、威力小の攻撃を10回行うことができる。
ミティが風魔法を取った場合。
もともと持っていた10個の石を投げ、それを風魔法で加速させることができる。
つまり、威力大の攻撃を10回行うことができる。
確かに手数は土魔法の方が稼げそうだ。
しかし、わざわざ風魔法を捨ててまで取得する価値があるかと言われると、疑問が残るな。
現状で、一度の戦闘で10個以上の石を投擲することはあまりない。
ミティと新たな仲間1人でペアになり、土魔法と風魔法、それにミティの投擲術を使って土球を投げまくる戦法はどうだ?
仮にミティのペアになる人をAとして考えてみる。
ミティが風魔法、Aが土魔法の場合。
Aが後方で土魔法を発動させて土球を作り出す。
Aが土球をミティに渡す。
ミティが土球を投げる。
ミティが風魔法を発動させ、土球を加速させたり軌道の微調整をしたりする。
ミティが土魔法、Aが風魔法の場合。
ミティが土魔法を発動させて土球を作り出す。
ミティが土球を投げる。
Aが風魔法を発動させ、土球を加速させたり軌道の微調整をしたりする。
前者の戦法の利点は、Aが前線に出る必要が全くない点だ。
戦闘に向いていない人に加護が付いたらこのパターンが良いかもしれない。
後者の戦法の利点は、……特にないな。
強いて言えば、土球を渡す工程がなくなるぐらいか。
ミティに風魔法と土魔法のどちらを取ってもらうべきか。
うーん。
微妙なところだ。
土魔法でどの程度強度のある土球を作れるのか。
次に加護が付くのは誰になるか。
このどちらかだけでも確定すれば、ミティの取る魔法の方向性が定まってくる。
俺が一度土魔法を取って試してみるのも良いかもしれない。
ちょうど明日でスキルリセットが再使用可能になるし。
もし十分な強度の土球が作れるのならば、ミティには土魔法を取ってもらうのが良いだろう。
強度が微妙ならば風魔法だ。
明日でスキルリセットが再使用可能になる。
つい先ほど言ったように、土魔法の性能を確かめるために使うのも1つの使い方だ。
もう1つの使い道として、治療魔法を取りモニカやニムの親を治療し、すぐにスキルリセットをするという選択肢もある。
それにより、もしかするとモニカやニムの忠義度が50を超えるかもしれない。
50は超えなかったとしても、それなりに良いところまではいくだろう。
ちなみに、治療魔法を取ったあとスキルリセットを使わないでそのままにするという選択肢はない。
俺には治療魔法は過ぎたものだからだ。
自分の身の丈に合わないスキルは、長い目で見れば自分の身を滅ぼす。
しかし、治療魔法レベル1ぐらいは持っていても良いかもしれないな。
実際に冒険者として1か月やってきたが、思っていた以上にすり傷切り傷といった小さなケガが多い。
今後の検討項目の1つだ。
さて、考えるのはこの辺でやめにしておこう。
今は模擬試合だ。
ウッドハンマーにボロ布を巻いていく。
こんなものでいいか。
よほどクリーンヒットしない限り、大ケガはしないだろう。
ボロ布を巻いたウッドハンマーをミティに渡す。
俺も木剣を出す。
木剣にも少しだけボロ布を巻いておく。
「ミティ、まずは軽く打ち合おうか」
「はい、タカシ様」
ゆったりとした動きでお互いに攻撃を繰り出していく。
基本的には避けるが、たまに体にヒットすることもある。
速度は出していないのでケガはしない。
体が温まってきたところで次の段階だ。
もう少し速度を上げて打ち合う。
ミティが上段からハンマーを打ち下ろす。
俺はそれを盾で受ける。
力は抜いているはずだが、相当重い攻撃だ。
全力で攻撃されたら盾越しでも一撃でやられそうだな。
何度か上段からのハンマー打ち下ろしを繰り返してもらった。
重い攻撃なのは変わらない。
しかし何となく慣れてきた感じはする。
そろそろいいだろう。
「じゃあ模擬試合を始めようか」
「はい、タカシ様」
俺とミティは向き合って構える。
まずは俺から動こう。
右上段から斜めに切り下す。
ミティがそれをハンマーで受ける。
俺は続けて左からの横なぎを繰り出す。
これもハンマーで受けられる。
普通ハンマーで攻撃を受けるなんてできないはずだが。
ハンマーは重くて取り回しが悪いからな。
ミティの圧倒的な腕力のたまものだろう。
あとは槌術レベル3の恩恵もあるのかもしれない。
ミティがハンマーを振りかぶり、勢いよく振り落してきた。
が、当然俺はそれを避ける。
予備動作が大きいので、当たるわけがない。
ミティの攻撃は、大振りなものが目立った。
これまでの戦闘経験は、魔物とのものばかりだったからな。
しかも、俺が魔物の注意を引き付けておいて、ミティが隙をついてズドンのパターンが多かった。
やはり戦闘経験が偏ると、攻撃パターンも偏ってくるものだな。
いろいろな戦闘を経験し、柔軟性を高めていくのが今後の課題の1つか。
俺は木剣を上段から振り下ろす。
ミティがハンマーで受ける。
位置取りからすれば俺に有利な体勢だ。
ミティとは身長差もあるし、重力を味方にして押し込むことができる。
と、思ったが、あっさりと押し返されてしまった。
やはり腕力の差は相当大きい。
俺が40、ミティは127だ。
多少体勢が有利な程度では覆せない力の差がある。
その後も模擬試合を続けたが、なかなか勝敗はつかない。
俺の攻撃は、ミティの腕力と槌術により防がれてしまう。
ミティの攻撃は、俺の回避術によりヒットしない。
後半になると、ミティも小振りの攻撃をするようになってきた。
しかし俺は盾もある程度は扱える。
盾術のスキルはまだ未収得だが……。
小振りの攻撃ならば、十分に防ぐことができる。
お互いに決め手に欠ける。
まるで千日手のような状況だ。
改めてよく考えれば、俺って1対1の肉弾戦は大したことないな。
肉弾戦に向いているスキルをあまり取得していないからだ。
ステータス操作により取得したスキルは12種類。
そのうち7種が魔法系のスキル。
1種はサポート系スキルだ。
残りの4種は、「剣術レベル3」「回避術レベル1」「体力強化レベル2」「肉体強化レベル3」。
体力強化は主に持久力に影響し、1つ1つの戦闘にはさほどの影響はない。
つまり、俺の肉弾戦の戦闘系スキルは12種類中実質3種類という状況だ。
そして次に取得予定のスキルは火魔法レベル5。
火魔法レベル5の使い勝手次第では、その後は詠唱時間短縮やMP関連のスキルを取っていきたい。
俺が魔法を中心にスキルを伸ばすのであれば、俺は後方に待機しておくのが良いだろう。
前衛が時間を稼ぎ、俺が魔法でドカンと攻撃すればいい。
しかし現状でその戦法を取ろうとすれば、ミティの負担と危険が大きくなりすぎる。
新たなパーティメンバーには前衛が特に欲しい。
そう考えると、ユナやリーゼロッテへの加護付与はそれほど急ぐ必要もないかもしれない。
ユナは弓、リーゼロッテは水魔法。
2人とも後衛タイプだ。
モニカやニムの忠義度が結構高くなってきている。
彼女達のほうを優先するのもありだ。
戦闘経験はないだろうが、大きな問題ないだろう。
兎獣人は聴覚と脚力に優れ、犬獣人は嗅覚と体力に優れるという話を聞いたことがある。
戦闘系スキルを数個取れば、ファイティングドッグに後れを取ることはない。
そしてその後は地道にレベルを上げていけばいい。
俺のパーティに加わってもらえるかは、彼女たち次第ではあるが。
加護が付くような状況まで持っていけているのであれば、その点はあまり心配ないように思える。
まあその加護を付けるのが大変なのだが……。
その日はしばらくミティとの模擬試合を続け、宿に帰って寝た。
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