ブーケトスが行われている。
ユナのブーケはクリスティが、リーゼロッテのブーケはシャルレーヌが勝ち取った。
残るブーケは3つ。
マリア、サリエ、ニムのブーケである。
「ぬおおおぉっ! サザリアナ王国第三王女として、負けるわけにはいかん!」
ベアトリクスがそう吠える。
彼女の戦闘能力は、ブーケトスの参加者の中でも頭一つ抜けている。
だが、最初は他のブーケを狙っていたため、やや出遅れている感じだ。
二兎を追う者は一兎をも得ず、というやつである。
「ひっ! 第三王女様……。し、しかしこの場では遠慮はいらないはず! わたしの全力をもって勝利させていただきます!」
レインがベアトリクスを見て怯むが、すぐに気を取り直す。
そのままブーケに肉薄し、手を伸ばした。
マリアのブーケはレインのものになったか。
俺がそう思った、その時。
「影魔法。【朧】」
どこからともなく、黒い影が現れた。
その影はブーケを包み込んだかと思うと、人型に変化した。
現れたのは、月だ。
「私の勝利ね!」
彼女が勝ち誇った顔を見せる。
そしてブーケを高々と掲げた。
ん?
いや、あれは……。
「うふふ。月さんと言いましたか。あなたは何を持っていますの?」
千が余裕の表情でそう問いかける。
「え? それはもちろんブーケ……って、あれっ!?」
月が掴んでいる物を確認したとき、彼女の手の中からブーケが消えた。
いや、違うな。
あれは最初からブーケではなかったのだ。
ただの木の枝だった。
「闇魔法【黒霧】で作りだした幻覚ですわ。本物のブーケはこちらです」
そう言って、千は別のブーケを月に見せた。
「そ、そんなぁ~。ズルいわよ!!」
「うふふ。魔法も実力の内……。悪く思わないでくださいね」
悔しがる月に対して、余裕の笑みを浮かべて返す千。
これでブーケは残り2つだ。
「ぐぬっ! お、王家の娘として、このような屈辱を受けるわけにはいかぬ! ここで負けてたまるか!!」
ベアトリクスがさらに闘気を纏う。
狙いはサリエのブーケだ。
しかし、今までの争奪戦で出遅れている彼女が今さらブーケに辿り着けるとも思えないが……。
「【天剣絶刀】」
彼女の手に光り輝く剣が生成され、ブーケに伸びていく。
遠距離からブーケをかすめ取ろうというわけか。
何だか危なっかしいが、ベアトリクスもそのあたりは考えている。
見た感じ、あの光る剣に殺傷能力はないな。
ブーケの争奪戦用に威力を抑えているようだ。
彼女の光る剣がブーケに突き刺さろうとした、そのとき。
「【瞬動】」
「むっ!? ああっ、我がブーケが!!」
突如、横合いから現れた何者かがベアトリクスが狙っていたブーケを奪い去った。
ベアトリクスが叫ぶが、もう遅い。
「失礼致しました。サリエお嬢様のブーケは私がいただきます」
簒奪者の正体はオリビアだ。
彼女はベアトリクスの剣が追いつく前に、一瞬でブーケを確保したのである。
「なにぃ! いつの間にそこにいたんだっ!」
ベアトリクスが驚くが、俺からは見えていたぞ。
オリビアは気配遮断系のスキルを持っているようだな。
ハイブリッジ杯や普段の狩りでも感じていたことだが、彼女は隠密系統の能力に秀でいている。
ひっそりとブーケをゲットしたオリビアは、そのままその場を離れていった。
「くぅ! だが、まだ希望は残っている!」
ベアトリクスが諦めずに、今度はニムのブーケを狙う。
これが最後のブーケ、最後のチャンスだ。
「……ボクもまだ諦めていないよ……」
「この機会は逃さないわ!」
「花ちゃんだって~」
「ぬおっ! また貴様らかっ!」
ベアトリクスの行く手を阻むように、雪月花の3人が現れる。
「ちいっ! だが、負けん! 負けんぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
ベアトリクスの気合と共に、闘気が膨れ上がった。
どうやら彼女の闘気は感情に左右されるようだ。
「ぬおおおおぉっ!」
「……っ」
「負けないわよっ!」
「楽しいね~」
ベアトリクス、雪、月、花。
それぞれが想いを乗せ、ぶつかり合いながらブーケに迫っていく。
皆、自分のブーケを諦めてはいない。
ブーケはあと1つ。
あと少し……あと少しなんだ。
「【氷壁】」
「むっ! じゃ、邪魔だぁーっ!!」
ベアトリクスの行手に、雪が氷の盾を展開する。
「ふんっ! この程度の壁など!」
彼女はあっさりと障壁を突破した。
だが、その一瞬の遅れが命取りになる。
「ウッドバインド~」
「【影縫い】」
花と月もお互いに妨害し合う。
最後の最後に泥沼だな。
だが、そんなときにブーケの落下地点にひょっこりと姿を現わす者がいた。
「これは私がいただきます!」
「……あっ!」
「ネリーさんっ!?」
「いつの間に~?」
雪月花が悔しがるが、時すでに遅し。
合同結婚式の司会を務めていたネリーの参戦だ。
そういえば、開始の合図以降に彼女の実況がなかったな。
少しだけ違和感を覚えたのだが、こういうことだったのか。
「ふふふ……。これで私の勝ちですね」
ネリーはブーケを高々と掲げて勝利宣言をする。
これで、すべてのブーケが揃った。
「さぁ、皆さま。お手元のブーケは、新郎新婦のご厚意により持ち帰ることが許可されています。縁起のいいものですので、しっかりと大切に飾りましょうね!」
ネリーがそう説明する。
ブーケを勝ち取ったクリスティ、シャルレーヌ、千、オリビア、ネリーは満足げな表情をしている。
一方で、惜しくも獲得できなかったクトナ、雪月花、レイン、その他の参加者は悔しそうだ。
その中でも特に悔しそうな顔をしているのがベアトリクスだ。
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……」
「残念だったな、ベアトリクス殿下。まあその、なんだ。きっといいことあるさ」
俺はそう投げやり気味に慰める。
そして、彼女の肩に手を掛けようとしたが……。
パシッ!
彼女に軽くあしらわれる。
「くっ! これで勝ったと思うなよ! この雪辱は王都で必ず晴らす!!」
「お、おう……」
なんでや!
ブーケトスに俺は直接関係ないやろ!
……とは言わないでおこう。
今の彼女に何を言っても、火に油を注ぐことになってしまう。
彼女がわざわざ王都を指定したのは、おそらくホームグラウンドならば落ち着いて戦えるという意味合いだろうな。
近い内に叙爵式が予定されているし、そのときに戦うこともあるかもしれない。
なんにせよ、これで結婚式は終わりだ。
この後は、余興として食事会が予定されている。
また、王侯貴族の参加者に対して、ハイブリッジ家の発展ぶりや有能な配下をアピールする場も設けている。
ドヤ顔をさせてもらうことにしよう。
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