「おい、あれを見ろよ。すげぇ人だかりだ」
「中心にいるのは……兎獣人か? 確かに美人だが、騒ぐほどでもないような……」
「何かやってるのか?」
街を歩く男たちが興味深そうに呟く。
ここは大和連邦の漢闘地方、東都藩。
その名の通り、大和連邦東部に位置する藩だ。
「さぁ、挑戦者は!? 私に勝ったら、この魚の丸焼きが無料だよ! 挑戦料は、1人5文!!」
兎獣人の女性は、魚屋の店先で声を張り上げる。
男たちの視線が彼女へと注がれた。
「なんか面白そうだな」
「『私に勝ったら』って……何で勝負するんだろうな? 大食いか?」
「分からん。だが、荒くれ者が多いこの街であんなことを言ったら……」
男たちが呟く。
ここ最近、大和連邦全体に下剋上ブームが起きていた。
一部は沈静化し、一部は成功したものの前藩主の政策を模倣して……。
なんやかんやで、大和連邦全体として大きな混乱は起きていない。
しかし、この漢闘地方は違う。
歴史的に肉弾戦を好む荒くれ者が多く、女王・将軍・神宮寺家あたりの権力や威光も及びにくい地域だ。
そのためか、街では喧嘩が日常茶飯事。
勝った者が正義、敗者は悪。
そんな風潮が根強い土地だった。
「おい、姉ちゃん」
「ん? なに?」
「俺が相手だ」
魚屋の店先で、兎獣人の女性にイカツイ男が対峙する。
身長は男の方が高い。
明らかに女性の倍は体重があるだろう。
「この街で『勝負』と言ったからには……覚悟できてんだろうな? 子どものお遊びみたいな勝負は認めねぇ。己の肉体のみを武器とした真剣な勝負だ!!」
男が叫ぶ。
どう見ても、女性を脅しつけているようにしか見えない。
だが、女性は微塵も怯む様子を見せなかった。
「もちろん! 最初からそのつもりだし!!」
「……なに?」
男の方が訝しむ。
妙な商売をしている女を、少しばかり脅かしてやるだけのつもりだった。
まさか、肉弾戦の勝負を本当にすることになるとは思っていなかったのだ。
「ふん、威勢の良い嬢ちゃんだな。俺が勝ったら、魚の丸焼き無料だけじゃ許さねぇ。嬢ちゃんの体を好き放題にして――」
「あ、そういうのいいから。早くかかってきなよ。こないならこっちから行くよ」
「な……!?」
「……あれ? もうおしまい?」
兎獣人の女性は首を傾げる。
直後、男は崩れ落ちた。
どさりと音を立てて地面に倒れる。
白目をむいて気絶していた。
そんな男の姿を見て、周囲の野次馬がどよめく。
「な、なんだ今のは!?」
「おい、あのおっさんがいきなり倒れたぞ!」
「まさか、目にも止まらない一撃で倒したとでも言うのか!?」
「い、いったいどんな手品を!?」
驚いているのは、男と同じようなタイミングで魚屋の前にやってきた野次馬たちだ。
もっと早くから集まっていた野次馬は、すでに知っていたのだろう。
女性の実力を。
「す、すげぇ……!」
「これで十人抜きだ!」
「この街に、あんな強者がいたとはな……」
「しかも、かなりの美人だ……」
野次馬たちは感嘆する。
そんな中、魚屋の店主がおずおずと口を開く。
「あの……百丹香さん?」
「ん?」
「うちの魚を美味しく調理して宣伝してくれるって話だったのに……このままでは冷めてしまいますが……」
「あ」
兎獣人の女性は、今思い出したかのように呟いた。
彼女の名前はモニカ。
サザリアナ王国の出身で、この街では百丹香(もにか)という漢字をあてて名乗っている。
「ごめんごめん! ええっと……ほら! みんな起きて! 参加賞として、この丸焼きを10人で分けて食べていいから!!」
モニカは叫ぶ。
倒れていた10人の男たちは、それを聞いてかろうじて起き上がる。
自らを一蹴した女性の手料理を恐る恐る口に運んでいく。
そして……
「うう……うめぇ……! こんなの、生まれて初めて食った!!」
「ああ! この味は忘れられねぇ!!」
「ただの魚の丸焼きが……どうしてこんなに美味いんだ!?」
「俺、参加して良かった……」
男たちの歓声が上がる。
その目は、完全にモニカを崇めていた。
こうして、モニカは『とても強い武闘家』兼『凄腕の料理人』として、街で有名な存在になっていくのだった。
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