引き続き、過去の話である。
とは言っても、時は既に現在に迫りつつある。
タカシが王都周辺にて『黒狼団』や『白狼団』を捕らえる少し前ぐらいの話だ。
『闇蛇団』の男によって、闇カジノへと連れて行かれたノノン。
だが、彼女の前に広がっていたのは想像を超えた光景であった。
「なに……これ……」
思わず呆然と呟く。
そこは薄暗い部屋であり、テーブルの上にはカードが置かれている。
そして、ディーラーがカードをシャッフルしているところだった。
「おう。今、ちょうど始まったばかりみたいだな。まずは見学しつつ、ルールを説明してやろう」
「は、はい……」
闇カジノでゲームを行うには、最低限のルールを知っておく必要がある。
だが、ノノンは知らない。
こういうことに無縁だったのだから当然だ。
男は、そんな彼女に丁寧に説明を始めた。
「……と、こういうわけだ。理解したか?」
「はい、なんとか……。でも、わたしには難しそうです。やっぱり帰らせてください」
「おいおい、ここまで来てそりゃ無いだろ? 大丈夫だって。やってみろよ」
「ですが……」
「もし負けても、嬢ちゃんは痛くない。なぜなら、元々が降って湧いた金だからだ。そうだろう?」
「うっ……」
そう言われてしまうと、ノノンとしては言い返せなくなる。
今日持ってきたお金は、そもそもこの男から無償でもらったお金なのだ。
ギャンブルに参加せずに帰るなら没収すると言われても、素直に渡すしかない。
参加してもしなくてもお金がなくなってしまうなら、参加した方がいい。
ひょっとすると勝てるかもしれないからだ。
「まぁ、心配すんな。客は皆、金を持っているヤツらだ。案外、嬢ちゃんみたいな子供でも簡単に儲かるかも知れねぇぞ?」
「……」
「さてと、今の勝負が一段落したようだな。そろそろ嬢ちゃんも参加するといい」
「え? で、でも……」
「心配いらない。ここは闇カジノだが、イカサマの類はしていない。純粋に実力と運だけの世界なんだ。むしろ、嬢ちゃんのような初心者の方が向いているかもしれん」
「……」
「ほれ、見てみろよ」
男が指差す先を見ると、そこには大量の金貨の山があった。
「もし勝てれば、あの全てがお前のものになってもおかしくはないんだぜ?」
「……分かりました。やります」
「そうこなくちゃな!」
こうして、ノノンは人生初のギャンブルに挑戦することになった。
彼女は席に着き、ディーラーによってカードが配られるのを待つ。
ちなみにこのカードは、地球で言うところのトランプに近いものだ。
そして行っているゲームは、ポーカーに近しいものである。
絵札の種類や枚数、カード自体の品質、ルールの差異などは当然存在するが、今は置いておこう。
「さぁ、始めようか。最初の手札を確認しろ」
「えっと、はい」
男の指示に従い、ノノンは自分のカードを確認する。
その様子を見ていた他の客が口を開く。
「おいおい、参加者以外が口出しするのはマナー違反だろ?」
「そうね。ズルいんじゃないの?」
「勘弁してくれよ。コイツは初心者なんだ。アドバイスぐらいいいじゃねえか」
男がそう答える。
「なあ、ディーラーさんもいいだろ?」
「……他の方がよろしいのであれば……」
「ほら、カジノ側の人間もいいと言ってるし、いいじゃないか」
「仕方ねえな」
「ま、初心者だっていうのなら、カモらせてもらおうかしら」
参加者の男女があっさりと引き下がる。
本当に初心者なら、多少のアドバイスを受けたところで大して変わらない。
下手にアドバイスを禁止すれば、せっかくのカモが別の場所に行ってしまう。
だから彼らは、ノノンへのアドバイスを認めることにした。
「パス」
「コール」
「レイズ」
「……えっと、コールです」
ノノンがチラリと男に視線を向けつつ、手番を終わらせた。
「よし、次は手札交換だ。その手札なら……」
「ええっと、これですよね?」
「ああ、それだ。それを場に出せば、また新しいのと交換できるぞ」
ノノンはカードを2枚捨て、新たなカードをディーラーから受け取る。
そして2回目の賭けを行い、各自が手札を公開する。
「ワン・ペア」
「スリーカードよ」
「くそっ! ブタだ!!」
「へへっ。今回は俺の勝ちだな。なんと、フルハウスだ!」
ノノン以外の参加者が次々にハンドを公開していく。
「……」
「どうした嬢ちゃん。俺の手には勝てないだろ? 悔しかったら何か言ってみな!」
「……」
ノノンは何も言わず、ただ自分の手札を見つめているだけだった。
「ははは! やっぱりまだ早かったか。悪いな。初心者にはまだ早いゲームだった」
フルハウスの男が勝ち誇った表情でそう言う。
しかし……。
「……フォーカードです」
「な、なに!?」
ノノンの手札を見て、男は驚愕した。
なぜなら、彼女の手元には同じ数字の4枚のカードがあったからだ。
「そ、そんなバカな……」
「今回の勝負はそちらのお客様の勝ちとなります。それでは、こちらがお客様への配当でございます」
ディーラーがノノンの前に、大量のチップを置く。
「こ、これって……」
「ああ。全てお前のものだ。やるじゃねえか! お前には才能があるかもな。これなら、借金完済も夢じゃないぜ!」
「……は、はい。ありがとうございます!」
ノノンは、自分が勝ったことを未だに信じられなかった。
しかし、目の前にある大量の金貨を見ると、これが現実だと認識させられる。
(ひょっとすると、本当に借金を返せるかも……。そうしたら、お父さんもお母さんも喜んでくれるはず……)
現実離れした額を一瞬で稼いだことにより、ノノンは正常な判断力を失っていく。
その傍らでは、アドバイスをしていた『闇蛇団』の男、そして他の参加者たちまでもが不気味な笑みを浮かべている。
だが、勝利の余韻に浸るノノンがそれに気付くことはなかった。
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