俺は『紅剣』のタカシ=ハイブリッジ男爵という身分を明かした。
30歳前後の美人女性アビーを含め、一般客たちに俺に歯向かう様子はない。
大人しく跪いている。
だが、彼女たちとは別に、周囲で動く者たちがいた。
「お前ら、何のつもりだ?」
俺はそう投げかける。
動いている奴らは、『闇蛇団』の構成員たちだ。
「へへっ。すんなり捕まってたまるかよ!」
「俺らにだって意地ってもんがあらぁな」
「邪魔する奴はぶっ殺す!!」
彼らはナイフや鉄パイプなどを手にして、こちらの様子を伺っている。
「ふん……。やはり抵抗するか」
微罪の一般客とは違い、彼らは運営側に近い存在だ。
捕まれば実刑は免れない。
「よし。一般客どもは隅に寄れ。巻き込まれて怪我をしても知らんぞ?」
「「「は、はい!!」」」
俺の指示に従い、一般客たちが部屋の端に寄る。
これでよし。
思う存分暴れられる。
「行くぜぇぇぇぇっ!!」
「おぉーーーーっ!!!」
「死ねぇーーーーっ!!」
『闇蛇団』の構成員が俺に向かってくる。
「ふっ」
俺は軽く息を吐くと同時に、最も近くにいる男の顔面を殴りつける。
「ぶげっ!?」
男は鼻血を出しながら吹っ飛び、壁に激突して気絶した。
「まず1人」
俺は素早く次の男に接近し、腹パンを決める。
「ごぼっ……」
「2人目」
さらに、3人目の顎に掌底を食らわせる。
「はい、終了っと……」
俺は次々に男たちを倒していく。
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!?」
「逃げろ! 勝てるわけがない!」
「た、助けてくれぇぇぇっ!!」
『闇蛇団』の面々が悲鳴を上げつつ、部屋から出ようとする。
しかしもちろん、そんなことはできない。
「ここは通しませんっ!」
騎士見習いのナオミが出入り口を固めているからだ。
彼女は既に抜刀している。
「どけっ! 女ぁぁぁっ!!」
「どきませんっ!」
「邪魔だぁぁっ!! ぐはっ!?」
男がナオミの脇を通り抜けようとしたところで、一撃をもらって倒れ込む。
彼女は目がいいからな。
スキを見せれば、こうなる。
「ぐぬぅっ……。舐めやがって……」
「だが、たかが1人だ……」
「数で押し潰せば……」
『闇蛇団』の男たちが武器を構え直す。
確かに、いくら目が良くても複数人相手はまだ厳しいだろうな。
ナオミは騎士見習いだし。
「いくぜえぇっ! ……ぐあっ!?」
「へぶっ!?」
ナオミを強行突破しようとした男たちが、側面からの攻撃を受けて倒れる。
「俺たちを忘れてもらっては困るな」
「年貢の納め時だよ」
そこには、俺の配下のネスターとシェリーがいた。
やはり、経験豊富な冒険者だな。
目立つ技能はないものの、場慣れしていて臨機応変な対応が可能なのだ。
「ぐっ……。いつの間に!?」
「地味な奴らめ!」
「ま、待てよ……? お前らは……」
「確か、ネスターとシェリーとかいったか? 大人しく奴隷としてくたばっていれば良かったものを……」
男たちは悔しそうな表情を浮かべる。
今、少し気になることを言ったな?
「……俺たちを知っているのか」
「やっぱり、あの依頼の後ろにはお前たち『闇蛇団』が……」
ネスターとシェリーの表情が険しくなる。
彼らが奴隷に落ちたのは、冒険者としての依頼を失敗し、多額の賠償金を支払ったためだ。
本人たちの過失によるものだと聞いていたが……。
この様子だと、過失に見せかけるために『闇蛇団』が暗躍していたのかもしれない。
「ちっ……。口が滑ったか……」
「バレちゃ仕方ねぇ。ああ、そうだとも。お前らが奴隷に堕ちたのは、俺たちの画策の結果さ!」
「バカ正直に奴隷堕ちしてくれて助かったぜ! あの積み荷には保険も掛けていたからな! おかげで二重取りで稼がせてもらったぜ!」
「ついでに、肺の病を誘発する毒も飲ませてやったしな。大人しくくたばっていればいいものを!」
「「「ぎゃははははっ!!」」」
男たちが下品に笑う。
「……少しおかしいとは思っていたんだ。しかし、俺が食い下がっていては同業の冒険者たちの評判も下がる」
「2人で相談して、奴隷堕ちを受け入れたんだ。それがまさか、本当にあんたらが関わっていたなんてね」
ネスターとシェリーが静かに怒っている。
「へへっ。怒ったところで、Dランク冒険者ごときに何ができる!」
「そっちの騎士見習いの嬢ちゃんと合わせても、俺たちを止めきることはできねぇだろうが!」
「「ひゃはははっ!!」」
『闇蛇団』の連中が高笑いをしつつ、賭博場の出入り口に突撃する。
俺とミティは中央付近にいるので、彼らの脱出を止めることはできない。
ここはネスター、シェリー、ナオミの3人が頼りだ。
しかし、ネスターとシェリーは奴隷堕ちの時点でDランク冒険者であり、ナオミは騎士見習い。
殺到する男たち全員を止めることは難しいだろう。
……普通ならば。
「【豪打裂破】ッ!!!」
「【アイスレイン】!!」
「【飛燕衝】!」
「「「ぐわあぁぁっ!?」」」
ネスター、シェリー、ナオミの攻撃を受け、男たちがふっ飛ばされる。
彼らの戦闘能力は、順調に伸び続けている。
俺を含むミリオンズの面々がたまに戦闘指導をしているからな。
その上、3人とも加護(微)の対象者だ。
基礎的な身体能力も1割向上している。
今のネスターとシェリーはCランク冒険者だ。
ナオミはまだ騎士見習いだが、戦闘能力だけなら平騎士かそれ以上のものを持っている。
多少強い程度の男たちが向かってきたところで、この3人が守る出入り口を突破することはできない。
「彼らもしっかりと自分の役目を果たしてくれましたね。そして、こちらも片付きました」
「ああ。ありがとう、ミティ」
俺とミティも、もちろん遊んでいたわけではない。
俺は賭博場の中央付近から全体を把握し、隠れている者や裏口などから逃げようとする者がいないか目を光らせていた。
そしてミティは、出入り口に向かった者以外の残党を片付けていたというわけだ。
「これで万事解決だ。よしよし」
ロッシュや五英傑は、先んじて戦闘不能になっている。
その他の『闇蛇団』メンバーは、全員を片付けて捕縛した。
一般客たちは諦め、部屋の隅で大人しくしている。
後は、地上で待機している騎士団に引き渡すだけだ。
「くっ! せっかくのお楽しみが……」
「ノノンちゃん……」
「くそぅっ!!」
ロッシュや五英傑たちが、何やら未練がましい視線を送っている扉がある。
(あの先に何かあるのか?)
隠し財産か、それとも借金のカタに奴隷に堕とした者とかがいるのかもしれない。
この場はミティ、ナオミ、ネスター、シェリーに任せて、俺はあの扉の向こうを確認してみることにしよう。
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