薄幸の少女ノノンの悪夢のような夜が終わる。
「うぅ……。どうしてこんなことに……」
ノノンはベッドの上で嘆く。
ここは、闇カジノに併設された地下牢の中だ。
負け金の返済のために奴隷に堕とされる者は一定数おり、それを逃さないための場所である。
彼女は今、貫頭衣を着た状態で沈んでいた。
ちなみに、元々着ていた服や下着は全て脱がされてしまっている。
今は、薄い布切れ一枚しか身に着けていない状態だ。
「……奴隷堕ちなんて、絶対に嫌です」
ノノンは暗い目で呟く。
彼女の瞳には、深い諦観の色があった。
「でも……。わたしにできることがあるでしょうか?」
自分に何ができるのか分からない。
今の彼女にできることは、ただ耐えることだけだった。
「……」
ノノンは俯きながら考える。
自分が奴隷になった時のことを想像する。
「お父さんやお母さんに、もう会えないのかな……」
それはノノンにとって、とても辛いことだった。
彼女は両親に愛されて育った。
いつも優しい母、冒険者として稼いでくれていた力強い父。
2人の顔を思い出す。
「いやだよ……。会いたいよ……」
ノノンは涙を流し始めた。
しかし、無情にも時間は過ぎていく。
「ううっ……。ギャンブルなんかに手を出さなければ良かった……」
後悔しても遅い。
彼女は巧みに誘導され、賭け事に嵌ってしまったのだ。
そして、負けた。
その結果が、今の状況である。
「誰か助けて……」
弱々しく祈る。
しかしその祈りが届くことはないだろう。
王都騎士団は、もっと大きな脅威を取り締まるために動いている。
隣国との国境の保全、各地の魔物の間引き、新国家との友好樹立、遠方国家の企みへの干渉。
それに、『黒狼団』や『白狼団』などといった大型盗賊団の捕縛作戦などだ。
ノノンを陥れた『闇蛇団』は、アンダーグラウンドに潜む犯罪集団。
騎士団に目を付けられないように、活動は黒寄りのグレーゾーンに留めている。
だからこそ、ノノンは誘拐や暴力によって奴隷に堕とされるのではなく、あくまで借金のカタとして堕とされるのだ。
高レートギャンブルは違法と言えば違法なのだが、それによって負った借金は各自の自業自得とも言える。
騎士団としても、解決の優先度は殺人や誘拐事件に重きを置かざるを得ない。
また、ノノンのような被害者側からしても、騎士団に強くは訴えづらい。
自業自得の念があるからだ。
まあ、社会常識のない幼気な少女を言葉巧みにギャンブル漬けにしたという点で『闇蛇団』もなかなかに悪質だし、彼女はれっきとした被害者なのだが……。
少なくとも本人の認識としては、自分にも非があると思っていた。
「いやだよぉ……。だれか来て……」
それでも、祈らずにはいられなかった。
脳裏に浮かぶのは、両親の顔。
そして、まだ見ぬ運命の相手だった。
どれだけの時間が経っただろうか。
気づけば、彼女は眠りに落ちて夢を見始めていた。
*****
ノノンの夢の中。
とある山中にある、盗賊団のアジトにて……。
『へへへ。王女様が不用心なことだなぁ』
『護衛もなしに一人で出歩くなんて、何を考えてんだか』
『おかげで楽に攫えたけどな。ノノン姫と言えば、この国で一番の美少女として有名だからな』
『身代金もたんまりもらえるだろう』
『解放する前に、俺たちで楽しんじまおうぜ! げへへ』
男たちが下卑た笑みを浮かべる。
『無礼者! わたしに触れるでない!』
ノノン姫が毅然と言い放つ。
夢の中の彼女も、囚われの身だった。
現実と異なる点があるとすれば、彼女の身分が貧しい平民から王女様になっていることだろう。
『ふん、威勢の良いお嬢ちゃんだ』
『だが、その強気がいつまで続くかね?』
『へへへ』
『こっちも触らせてもらうぜ』
男の一人がノノンの胸に手を伸ばす。
そのときだった。
『姫様に手を出すな!!』
怒声とともに、一人の男が乱入してきた。
『な、なんだコイツ!』
『ぐえっ!』
男は剣を巧みに操り、ノノン姫を取り囲んでいた男どもを次々と斬り伏せていく。
あまりの手際の良さに、彼女はあっけに取られてしまった。
『あ、あなたは一体……?』
『私はあなたの騎士です。お迎えに上がりましたよ、姫様』
賊を壊滅させた騎士が優しく微笑む。
『さあ、一緒に帰りましょう』
『はい……』
ノノンは差し出された手を握り返した。
騎士はかなりのイケメンであり、しかも強かったのだ。
彼女の胸はキュンとときめいていた。
そして、無事に王城に帰還する。
『おお! 我が最愛の娘ノノンよ!』
『無事だったのね。よかった……』
ノノン姫の両親、国王夫妻が出迎えてくれる。
その顔は、現実世界におけるノノンの両親と同じであった。
ただし、現実と違うところもある。
現実の父親は右足と左手を欠損しており、母親は過労で寝込んでいる。
だが、この夢の世界における父親の右足と左手は健在で、母親の顔色も優れている。
ノノンの願望が夢として現れているのだ。
『そちらの騎士も大儀であった。褒美を与えよう。何でも望みを言うが良いぞ』
国王陛下の言葉を受けて、彼はこう答えた。
『では恐れながら申し上げます。ノノン姫との婚姻をお許しください』
イケメン騎士は、なんともストレートに求婚したのだ。
これには、周囲の人々も驚いてしまった。
『うむうむ。良いだろう。盛大に祝ってやる!!』
こうしてノノン姫と騎士の婚姻は認められた。
全国民に祝福された結婚式を終え、新婚初夜が訪れた。
『ノノン姫、愛していますよ。ずっと、永遠に一緒です』
『はい……。わたしも、あなたのことを愛してます……』
ノノンが騎士を抱きしめようとしたときだった。
『あ、あれ』
なぜか彼の体は、彼女の腕をすり抜けてしまう。
まるで幽霊か幻かといった具合に、その姿は朧気になっていく。
『待っ……』
彼女が伸ばした手が空を切る。
そこで夢は終わり、彼女は現実の世界へと引き戻されたのだった。
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