「ネプトリウス陛下。ご挨拶が遅れましたこと、誠に申し訳ございません」
「よい。この宴は、貴殿の功労会であり送別会でもあるのだ。堅苦しい礼儀など不要である」
俺がネプトリウス陛下に挨拶すると、彼は俺の肩をポンっと叩いてくれた。
このパーティー会場は広い。
王族から平民まで、参加者も多数だ。
そんな中でも、多少の区分けというものは存在する。
ネプトリウス陛下がいる場所は、いかにも王族っぽい雰囲気がある特別なエリアだった。
そのエリアには上位貴族っぽい人の他、護衛兵や使用人ぐらいしかいない。
そんな彼らも、俺が来たことを受けて少し離れたところに移動した。
これなら、多少込み入った話もできる。
「エリオットには挨拶を終えたようだな」
「ええ。彼はますます頑張っておられるようで……」
元より、エリオットは優秀な男だった。
魔導具『玉手箱』で未来の力を前借りした姿の戦闘能力は、かなりのものだったな。
俺が早めに無力化したこともあり、その副作用は最低限のものとなった。
今の体調に大きな問題はない。
そんな彼が一層の努力をしている理由は――
「次期国王としての器を示す必要があるからだな。余の後を継ぐべく、周囲の者を納得させなければならぬ」
エリオット王子は、闇の瘴気の被害者だ。
しかし、クーデターを起こしてしまったこと自体は事実。
大多数の兵士や国民に対しては、『将来的にクーデターが起きたときの予行演習』みたいな感じで誤魔化せたようだが……。
実際に関わった者たちや一部の鋭い重鎮たちは誤魔化しきれない。
そのため、彼は汚名を返上するべく様々なことに奮闘しているらしい。
「彼ならば、きっと大丈夫でしょう」
「余も心配はしておらぬ。……して、貴殿はなるべく早急にこの国を出立したいとのことだったな?」
ネプトリウス陛下が話題を変える。
俺はうなずいた。
「ええ、その通りです」
「例の件から数日が経過した上、貴殿は治療魔法を惜しみなく行使してくれた。今や平常時と変わらぬ兵力まで回復している」
「はい。微力ながらお手伝いいたしました」
「貴殿をヤマト連邦の近海まで連れて行く兵士を用意することに、何の問題もない。エリオットを隊長とし、魔法師団からも人員を出す。憂い事は何もない。……と言いたいところなのだが……」
ネプトリウス陛下は、そこで言葉を濁した。
何やら言いづらそうにしている様子だ。
「どうなさいましたか? 同行を予定している者に、何か問題でも?」
「いや、そうではない。貴殿の恩義に報いるにはどうすればよいかと考えておってな……。何か、我々に頼み事はないだろうか?」
彼はそんなことを聞いてくる。
俺は少し悩んでから答えた。
「必要ありませんよ。ヤマト連邦まで連れて行ってもらえるだけで十分です」
人魚の里は、サザリアナ王国とヤマト連邦を隔てる海に位置している。
どちらかと言えばヤマト連邦寄りであり、人魚の里とヤマト連邦はご近所さんと言えなくもない。
だが、それはあくまで相対的な話だ。
実距離としては、人魚の里とヤマト連邦の間にはかなりの距離がある。
俺は重力魔法の他、『水泳術』『水中機動術』『潜水術』といった水中行動系スキルも持っているが……。
MPや体力にも限界がある以上、過酷な一人旅になるだろう。
人魚族の同行者がいるのなら、かなり助かる。
「だが……」
「それに、貴重な『海神石』も譲っていただいたではありませんか」
食い下がるネプトリウス陛下に、俺はそう返す。
海神石とは、海神ポセイドンの力が込められた石のことだ。
それを譲り受けたせいで、ポセイドンにボコられることになったのだが……。
結果的には強くなれた。
あのボコられにも意味があったと言えるだろう。
それに、単純に海神石を所有しているだけでも魔力などがいくらか強化されている感覚もある。
さらに言えば、ミッションの件もある。
俺としては、人魚の里に寄ったリターンは十分に得ているように思える。
「ううむ……」
ネプトリウス陛下が渋い顔をする。
俺の言葉を受けても、彼が簡単に引き下がる様子はないのだった。
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