「あの……高志様? 私は、この唄は素晴らしいと思いしたが」
紅葉は戸惑いながらも、確信を持った声で言った。
「そうか?」
「はい。心が洗われていくような気がします。最近、心の奥にモヤモヤした何かがあったのですが、この歌声を聞いてなんだかスッキリしました」
「うーん……」
俺は改めて巫女たちの唄に耳を傾けた。
確かに、美しい。
まるで人の闇を優しく拭い去るような、清浄な響き。
しかし、それが逆に俺の心をざわつかせた。
胸の奥が妙に重く、そして苛立ちすら覚える。
それはまるで、この唄が俺の内側にある何かと反発し合っているような感覚だった。
罪、穢れ、あるいは――。
考えが形を成す前に、頭の奥に直接響くような声が降ってきた。
『なるほど……。そちらの少女は間に合いましたが、やはり貴方の穢れは我が巫女たちの唄では祓えませんか』
「……ん?」
俺は顔を上げる。
まるで空間そのものが囁いたかのような声だった。
「どうかなさいましたか? 高志様」
隣にいた紅葉が、不安げに俺の顔を覗き込む。
「いや……何か聞こえたような気がしたんだが……」
「? 何も聞こえませんでしたが……」
紅葉は怪訝そうに首を捻る。
どうやら、俺にしか聞こえなかったらしい。
だが、ただの空耳とは思えない。
確かに俺は――あの声を聞いた。
俺は巫女たちの方を見る。
彼女たちのうちの誰かが、さっきの言葉を発したのか?
だが、彼女たちはひたすら唄い続けている。
誰ひとりとして唄を止めた様子はなかった。
……違う。
そもそも声の方向が違う。
巫女たちのいる広場ではなく、もっと広く、四方八方からじんわりと響いてきたような――そんな、不気味な声だった。
「……あっ!?」
突然、紅葉が息を呑んだ。
「どうした? ――むっ!?」
彼女に遅れて、俺も異変に気付く。
巫女たちの唄う広場、その地面に、淡い光がにじむように浮かび上がってきた。
光はやがて、絡み合うような幾何学模様へと形を変えていく。
それは単なる図形ではなかった。
ただの装飾ではない、確かな意味を持った、意図的な『陣』――。
静かに潜んでいた罠が、今まさに目を覚ました。
「……やばい!」
警戒の声を発するよりも早く、俺たちの足元に複雑な紋様が浮かび上がり、瞬く間に光が走る。
次の瞬間、全身に鉛のような重圧がのしかかった。
「がっ!?」
「きゃっ!?」
俺と紅葉は、見えない鎖のような力によって地面に縫い付けられた。
まるで大地そのものに絡め取られるような感覚。
全身が強張り、自由を奪われる。
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