夜になった。
ゴーストを浄化するために家で張り込みを開始する。
メンバーは、俺、アイリス、ミティ、モニカ、ニム。
ゴーストを浄化する聖魔法を使えるのは俺とアイリスだけ。
他の3人は見学だ。
5人でリビングのソファに座って待機する。
まだ特に異変はない。
しばらく待機する。
………………。
…………。
……。
「何も起こらないねえ」
モニカがリンゴをかじるながらそう言う。
緊張感の欠片もないな。
彼女は完全に野次馬気分だ。
肝試しじゃねえんだぞ。
まあ、別にいいけどね。
「こ、怖いですね」
ニムがそう言う。
家の中とはいえ、暗いし、散らかっている。
半分は廃墟みたいなものだ。
俺も少し怖い。
だが、かっこ悪いところは見せられない。
宿屋に帰りたい気持ちを必死でこらえる。
「無理するな。今からでも帰るか?」
俺はニムにそう言う。
「こ、子ども扱いしないでください。だいじょうぶです」
ニムが気丈にもそう言う。
体がブルブル震えているぞ。
今からそんなことでだいじょうぶか?
気持ちはありがたいが。
少し心配だ。
さらにしばらくみんなで待機する。
………………。
…………。
……。
ガタガタッ。
ふいに、物音がした。
「ひっ。な、なに?」
ミティがそう言う。
不意に出た言葉のためか、普段の丁寧語ではない。
こういう口調のミティも新鮮でかわいい。
「心配するな、ミティ。風か何かだろう」
俺はそう言う。
ガタッ。
ガタガタッ。
ガタガタガタガタッ!
「こ、これは風じゃないよ!」
モニカがそう叫ぶ。
「タチサレ……タチサレ……」
かすれた女の声が聞こえる。
確かに、風ではなかったようだ。
ゴーストのお出ましか。
「ひいぃっ。出たあっ」
ミティが俺に抱きついてくる。
いいにおいがする。
何か柔らかいものが俺の体に当たっている。
「ちょっと! 何をイチャついているのさ! 私たちの出番だよ!」
アイリスが怒ってそう言う。
彼女が俺とミティを引き離す。
「だいじょうぶだ、みんな。俺とアイリスに任せろ」
アイリスとともに、女の声がしたほうへ向かう。
ミティ、モニカ、ニムの3人は、さすがについてこないようだ。
リビングで待っていてもらおう。
リビングを出る。
「タカシ。手を」
「ん? ああ」
アイリスが手をつないでくる。
怖がっているのか?
珍しいな。
彼女は男っぽい性格だし、こういうのは平気かと思っていたが。
「か、勘違いしないでよね。聖魔法の合同発動のために、手をつないでいるだけなんだからねっ!」
アイリスが赤い顔で、ツンデレっぽいセリフを言う。
まあ確かに、これは聖魔法の合同発動に必要な行為なのだろう。
潜入作戦でバルダインにかかっている闇魔法を打ち払うときに、アイリスと六武衆が手をつないで聖魔法を発動していた。
「タチサレ……タチサレ……」
かすれた女の声が再び聞こえてきた。
「声がしているのは……階段のほうからだったな」
「そうだね。このあたりにゴーストがいると思うのだけれど」
俺とアイリスで、あたりを見回す。
声はすれども姿は見当たらず。
階段をのぼり、踊り場に立つ。
踊り場には、大きな絵が飾られている。
「……ん? アイリス。この絵の女の人って、目を開いていたっけ?」
絵の中の女性は、イスに座った状態で、こちらを見ている。
少し不気味だ。
「どうだったかな……。そんなことより、ゴーストを探さないと」
それもそうだ。
絵のことは置いておく。
改めて周囲を探る。
「うーん。やっぱりいないな。また声がするまで待つしかないか」
「そうだね。……あれ? この絵の女性って、立っていたっけ?」
アイリスがそう言う。
「いや、俺の記憶が正しければ、座っている絵だったと思うが」
「でも、これ。見てよ」
絵を改めて見てみる。
女性が立っている絵だ。
おかしいな。
ついさっき見たときの絵と変わっている気がする。
俺はじっと絵を見る。
絵の女性がまばたきをする。
「今……。まばたきをしたか?」
「そ、それだけじゃない。動いているよ!」
絵の女性がこちらに向かってくる。
そして……絵から出てきた。
黒くモヤがかかった目でこちらを見つめてくる。
「「で、出たあっ」」
俺とアイリスの声がハモる。
これがゴーストか!
落ち着け。
クールだ。
KOOLになるのだ。
「タカシ。落ち着いて聖魔法を発動するよ」
「わ、わかった」
ビビって声が震える。
アイリスと手をつないでいるので、心強い。
2人で聖魔法の詠唱を開始する。
「「……神の御業にて闇を打ち払わせたまえ。ウィッシュ」」
「グ、グギャアアッ!」
ゴーストが苦しんでいる。
この調子だ。
「……神の光よ。邪を滅ぼしたまえ。ホーリーシャイン」
アイリスの聖魔法レベル2だ。
ゴーストに確かな効果を発揮している。
「ガ、ガアアァッ!」
ゴーストはうめき声をあげて、消えていった。
無事に成仏したのだろうか。
単に逃げただけかもしれない。
いずれにせよ、この家から去ってくれれば俺としては問題ない。
「どうなった? アイリス」
「たぶん浄化はできたと思うけど。浄化後の霊がどこに行ったのかはわからなかった」
「うん? 浄化と成仏はまた別なのか?」
「そうだよ? 成仏できずにさまよっている霊が、悪い気にあてられてしまったのがゴーストなんだ。ゴーストを浄化すれば、また普通の霊に戻る」
そういうことか。
ゴーストの浄化には成功したとしても、浄化後の霊は残る。
その霊はどこかに行ってしまった。
まだこのあたりをさまよっているかもしれない。
とはいえ、浄化したことにより害のない存在になったことだろう。
とりあえずヨシ!
アイリスとともに、リビングに戻る。
「ミティ、モニカ、ニム。付き合ってくれてありがとう。もうだいじょうぶだ。……ん?」
「ひ、ひいぃ」
「く、苦しいよ。ミティ」
ミティがモニカに抱きついていた。
一見ほほえましい光景だが、よく見るとそうでもない。
ミティの豪腕で抱きつかれ、モニカが苦しんでいる。
「ミティ! ゴーストはもういない! 安心してだいじょうぶだ!」
ミティの肩を叩き、改めてそう言う。
「そ、そうですか。失礼、取り乱しました」
ミティがモニカを解放する。
「げほっ。ふう。ミティは幽霊が苦手なんだね」
モニカがそう言う。
「実体がないと、腕力ではどうにもできませんし」
それはそうだ。
「まあ怖いものの1つや2つは誰にだってある。仕方ない。……それにしても、ニムは動じないのだな。小さいのに大したものだ」
最初は結構怖がっていたように思ったが。
慣れたのか?
「そうだねえ。さすがは私の妹!」
モニカがドヤ顔でそう言う。
まだ正式に妹にはなっていないだろ。
「…………」
ニムは無言だ。
「どうした? ニム」
ニムの肩を叩き、様子をうかがう。
反応がない。
「し、死んでる……!」
「うそっ!?」
みんなが騒然となる。
落ち着いてニムの様子を再度確認する。
「いや、待て。……気絶しているだけのようだ」
「もう! 驚かせないでよ!」
モニカに怒られた。
「ニムは最初からかなり怖がっていたしな。無理させてしまったか」
ゴーストが相手なら、聖魔法を使える俺とアイリスしか対抗できない。
やはり、ミティ、モニカ、ニムには、宿屋やそれぞれの自宅で待機しておいてもらったほうがよかったか。
まあ今さらだが。
しばらくして、無事にニムも目を覚ました。
特に心身に異常はないようだ。
まだ怖がってはいたが。
今日はこれで解散とした。
モニカとニムは自宅に帰っていった。
俺、ミティ、アイリスも、今日のところは宿屋に戻って就寝する。
ゴーストの浄化も終えたし、あとは掃除を済ませれば住めるようになるだろう。
楽しみだ!
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