「紅蓮竜……? 流華、知っているのか?」
俺はちらりと流華を見やり、問いかけた。
「あー……。確か、すごく強い火の竜がこの藩を守っているって話を聞いたことがあるな」
「ほう、竜か……。しかし、今は不在のようだな。幸運だったよ」
湧火山藩は竜頼みの藩だったのかもしれない。
いくらチート持ちの俺が相手とはいえ、あっさり落とせすぎだもんな。
竜のような超常生物に頼る防衛体制は、確かに強力だが、同時に不安定でもある。
いざという時にその存在がいなければ、一気に脆さを露呈する危険性をはらんでいるからだ。
それは藩主の血統妖術頼みだった桜花藩の防衛体制にも通じるものがある。
いずれも特定の力に依存しすぎるリスクを抱えているのだ。
「……で? 降伏するのかしないのか、どっちなんだい?」
俺は冷たく言い放つ。
「今なら、桜花藩に併呑される第一の藩という栄誉がつくぞ」
俺は言葉を続けた。
藩主は顔を歪め、沈黙を貫いている。
その顔には悔しさと焦りが滲んでいた。
もうひと押ししておこう。
「紅蓮竜とやらが戻ってくるのに賭けて、ギリギリまで粘ってみるか? ま、こっちはそれでも構わないんだけどな。死者がいないうちに降伏した方が利口だぞ?」
「……くっ! わ、分かった……。降伏する……」
ついに観念したのか、藩主は力なく膝をついた。
こうして、湧火山藩は呆気なく俺たちの支配下に入った。
この勝利は、近麗地方を掌握するというミッションに向けて極めて順調な第一歩となるだろう。
「ふう……。流華、これで一段落だな」
「兄貴……あっさりすぎて逆に怖いんだけどさ。これ、本当に大丈夫なのか?」
流華が苦笑いしながら肩をすくめる。
俺も少しだけ気を緩めたが、その時、どこからともなく不快な気配が漂ってきた。
(おやおや……。あの異物が、私たちのすぐそばに来るとはね……)
(どうする? お姉ちゃん。不確定要素は早めに処理するべきじゃない?)
「――ん?」
背筋がぞくりとした。
まるで誰かに監視されているような感覚。
「兄貴、どうした?」
流華が不安そうに俺の顔を覗き込む。
「いや……。何かを感じた気がしたのだが……」
周囲を見渡すが、特に異常はない。
しかし、この胸騒ぎは気のせいではないはずだ。
「兄貴、本当にどうしたんだよ?」
「流華、お前は何も感じないか? ほら、あっちの方角だ」
「あっちって……。あの高い山のことか?」
流華が目を凝らして山を見やる。
ここからかなり遠いが、湧火山藩の領域内にはあるだろう。
山頂部分は雪に覆われており、その静かな佇まいが逆に不気味さを感じさせた。
「そうだ。あそこに何かを感じる……」
俺は視線を鋭くしたままつぶやいた。
この感覚が何を意味しているのか、まだ分からない。
ただ、あの山に得体の知れないものがいることは確かだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!