「しかし、食べ放題とはいえ明日に差し障りのない範囲でお願いしますよ」
「ふぇ? どうして~? せっかく頑張ったのに~」
花は頬を膨らませ、不満げな声を上げる。
その表情は無邪気そのものだが、女性は少し困ったような笑みを浮かべて言葉を続けた。
「お忘れですか? 『百人抜き』の試練は、あくまで『須佐之男命(すさのおみこと)』様の試練に挑戦する者を決定するためのものです。代表者として、明日はしっかりと頼みますよ」
「あっ、そうだった~!」
花は突然思い出したようにポンと手を叩いたが、その仕草からして本当に理解しているのかは怪しいものだった。
彼女、神宮寺花は、レインや蓮華と同じく強制転移妖術の被害者だ。
転移先となったのは、ヤマト連邦内で西部に位置するこの雲雀藩である。
本来の彼女の故郷である『虚空島』は連邦の中央部、近麗地方に位置しているため、東へ向かう必要があった。
しかし――花はその性格ゆえ、旅路を急ぐという考えがそもそもなかった。
(まぁ、途中で色々とおいしそうなものがあったら、つい寄り道しちゃうよね~)
花の頭の中は、故郷への帰還よりも物珍しい食べ物のことでいっぱいだった。
結果、彼女がこの地に到着してから既に2か月以上が経過していたのである。
今回もまた、偶然耳にした『百人抜き』の試練とその後の『食べ放題』の言葉に釣られ、深く考えずに参加を決めたのだった。
彼女にとって、『須佐之男命』の試練などどうでもよかった。
だが、それを表立って言えば食べ放題の権利を剥奪される可能性がある。
それだけは絶対に避けたかった。
「りょうか~い。しっかり頑張っちゃうよ~。もちろん、その前にたくさん食べるよ~」
「えぇ、お好きなだけどうぞ。……ふふ、本当に無邪気な方ですね。力自慢の男衆を一蹴して百人抜きを果たしたとは思えないぐらいです」
村人の女性が微笑みながらそう言う。
周囲の村人たちも、口々に花の実力を称賛し始めた。
「いや、その子の動き、本当にすごかったよな!」
「力任せじゃなくて、なんていうか、見惚れるような身のこなしだったな……」
「本当に人間なのか? まるで精霊みたいだったぞ」
周囲の賞賛に、花は照れくさそうに頭を掻きながら笑った。
その姿はどこか頼りなげに見えるが、彼女の実力が本物であることは疑いようもなかった。
ヤマト連邦を出奔し、サザリアナ王国で冒険者として修行を積んできた経験は伊達ではない。
そしてもちろん、タカシから授かった加護(小)の恩恵も大きい。
元より優秀だった彼女の力を、さらに引き上げている。
「では、宴の準備をしてきますので、私はこれで失礼します。また後程」
「は~い。ばいば~い!」
村人の女性が軽く頭を下げて立ち去ると、花は元気よく手を振ってその背中を見送った。
「さて、どんなご馳走が出てくるのかな~!」
花はすでに明日の試練のことなど忘れ去り、目の前の宴のことだけを考えているようだった。
その無邪気さが、周囲の村人たちの心を和ませるのかもしれない。
彼女の旅の行く先には波乱が待ち受けているのだが、今の彼女はそれを知る由もなかった――
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