翌朝。
今日はガルハード杯の2回戦が行われる。
また、その前座として、1回戦負けの選手同士の試合もある。
まずは前座からだ。
組み合わせ抽選の結果、こんな感じになった。
ウッディ対ラゴラス。
マーチン対マスクマン。
サイゾウ対カタリーナ。
そして、タカシ対アイリス。
前座試合が行われていく。
これらの試合はあくまで余興としての意味合いが強い。
昨日と比べると、全体的に手を抜いている選手が多い。
手を抜いていても参考になるところはある。
1回戦負けとはいえ、実力のある選手ばかりだからな。
特に、ラゴラスの実力はかなりのもののようだ。
1回戦の相手がマクセルでさえなければな。
さて、次は俺とアイリスの試合だ。
「次の試合を始めます! Dランク冒険者のタカシ選手対、武闘神官見習いのアイリス選手!」
ステージに上がる。
アイリスは緊張した面持ちだ。
手を抜きそうな雰囲気は感じない。
全力で闘ったほうが良さそうだ。
「よろしく、アイリス」
「……よろしく。タカシ」
昨日の敗北を引きずっているようだ。
表情が固い。
相手は強豪のジルガだったし、気にするほどでもないと思うんだが。
アイリスは彼女の姉に憧れていて、武闘神官の見習いを早く卒業したいと言っていた。
気が焦っているのかもしれないな。
「両者構えて、……始め!」
試合が始まった。
「せいっ!」
アイリスの様子を伺いつつ、小手調べの攻撃を繰り出す。
昨日の試合後に取得した腕力強化と脚力強化の恩恵により、自分の動きが良くなっている感じはある。
2試合目で緊張も少しマシになったしな。
アイリスには悪いが、アイリスの実力は昨日の対戦相手のミッシェルより少し劣るかな。
今の俺と互角ぐらいだ。
油断しなければ勝利を狙えそうだ。
しばらくは互角の闘いが続いた。
新技を披露しよう。
「この技を使ってみるか。”鳴神-ナルカミ-”」
「その技は、ストラス選手の……? まさか、見ただけで覚えたの……?」
アイリスが驚いている。
昨日ストラスが使用していた高速移動技”鳴神-ナルカミ-”。
脚力強化の恩恵もあり、見よう見まねでそれっぽいことができるようになった。
やはり基礎ステータスが高いと、新しい技術の習得もはやくなる。
たとえ話。
野球経験は一切ないが筋肉ムキムキの人。
同じく野球経験は一切なく、その上筋肉もあまり鍛えていない人。
この2人が同時期に野球部に入り日々の練習に邁進した場合、より上達がはやいのはどちらか。
おそらく前者だろう。
基礎的な身体能力が高ければ、それだけでスポーツや武道において大幅に有利になる。
話が逸れた。
俺が”鳴神-ナルカミ-”を形だけとはいえ真似できているのは、脚力強化によるステータス向上のおかげだ。
さすがにストラスのように、一瞬消えたかと思うような高速移動は無理だが。
アイリスを相手に、十分に翻弄できている。
しばらくは俺が優勢で試合が進む。
腕力強化も取得しているので攻撃力も十分のはずだが、イマイチ決めきれない。
アイリスの技術もやはりなかなかのものだ。
初戦の相手がジルガでさえなければな。
戦闘開始から10分以上が経過したころ、アイリスの雰囲気が変わった。
「くっ。予想以上の成長速度だね、タカシ。その才能が羨ましいよ」
つい1週間前の時点では、アイリスのほうが格上だったからな。
アイリスからすれば俺やミティの成長速度は驚異だろう。
まあステータス操作というチートのおかげだが。
少し申し訳ない。
「才能なんて、そんなことは」
「でも、ボクだって負けてられないんだ。悪いけど全力でいかせてもらうよ」
アイリスが纏う闘気が変質していく。
「右手に闘気。左手に聖気」
これは……。
ジルガ戦で使った技か。
ジルガは、このスキに攻撃をしていたが。
俺レベルでは、なかなかそう上手くはいかない。
脚力はあっても、判断力が追いつかない。
あっさりと技の発動を許してしまった。
この技を、エドワード司祭は”聖闘気”と呼んでいた。
一度発動を許してしまった以上、うかつな攻撃も難しい。
マスクマンがエドワード司祭に攻撃を仕掛けたときは、弾き飛ばされていた。
かと言って、受けに回るのも良策とは言えない。
この状態になったアイリスの攻撃は、ジルガに通用していた。
攻撃力は高まっていると判断すべきだろう。
「聖闘気、迅雷の型」
アイリスが攻撃の構えを取る。
「聖ミリアリア流奥義……」
特に俺にスキが生じていない、この体勢から大技を当てる気か?
甘いな。
俺には鳴神がある。
避けてみせよう。
「……狙い撃ちする気か…。避けるスキを与えるだけだ。…………フン…。……よく狙って当ててみろ…………!!」
鳴神を使用する。
アイリスを中心に円形の高速移動。
彼女に接近していく。
「迅・裂空脚!!!!」
「……………!!!!」
気がついたらふっ飛ばされていた。
何をされた!?
攻撃されたのか!?
「…く!!」
体勢を立て直す。
アイリスの姿を探す。
見当たらない。
彼女も高速移動しているのか!?
全く見えん!!!
「オウ!!!?」
アイリスから高速での追撃が加えられる。
「ガハ…!!!」
追撃が加えられる。
「……!!!」
さらに追撃。
怒涛の連撃に手も足も出ない。
体勢を立て直せ。
相手をよく見ろ。
何か策はないか。
今のアイリスは、聖闘気により身体能力が向上している。
その身体能力により、鳴神に酷似した移動術を扱えるようになっている。
スピードは俺のにわか鳴神より上だ。
ジルガ戦でアイリスが使用していたのは、豪の型だったか。
マスクマン戦でエドワードが使用していたのは、守護の型だ。
どうやら、いろいろな型があるらしい。
今回の迅雷の型は、スピード重視の型なのだろう。
今のままスピード勝負をしていては勝機はない。
まずは自身の闘気を守備重視で固めよう。
「剛拳流。動かざること山の如し」
体を闘気で覆う。
防御力は格段に向上する。
代わりに、闘気の消費量も多くなる。
アイリスも、このスピードは長時間は維持できないはず。
根気比べだ。
「迅・砲撃連拳!」
アイリスが聖闘気を纏った攻撃を繰り出してくるが、俺の闘気の防御を突破できるほどの攻撃力はない。
「効かん!」
「くっ。ならこっちに切り替えだ! 聖闘気、豪の型」
アイリスが型を変えた。
パワー勝負ならこちらにもチャンスはある。
「勝負だアイリス! 剛拳流奥義! ビッグ……!」
「聖ミリアリア流奥義……!」
闘気を集中させつつ、お互いに接近していく。
「バン!!!」
「豪・砲撃連拳!!!!」
こちらのビッグバンは、大きな力を込めた右ストレートだ。
アイリスの砲撃連拳は、パンチの連撃だ。
お互いに攻撃がヒットした。
「ぐっ……!」
「うぅっ……」
衝撃で後方にふっ飛ばされた。
意識が遠のく。
かろうじて意識を保つ。
…………。
状況はどうなっている?
俺は仰向けに倒れているようだ。
視界に空が見える。
追撃が来ないということは、アイリスも倒れているのか。
それともアイリスの勝ちと審判が宣言してしまったのか。
状況がわからない。
とりあえずがんばって立つしかない。
「ぐぅ……! はあ、はあ……!」
なんとか立ち上がることができた。
ステージの真ん中へ戻るために、歩き始める。
アイリスの連撃により、体のあちこちにダメージを負っている。
おそらくは大きなアザになっているだろう。
吹き飛ばされたときに背中を強打したようだ。
背中も痛い。
骨折レベルのケガはなさそうなのが救いか。
ステージを挟んで反対側にアイリスの姿が見える。
彼女もこちらに向かって歩いてきている。
まだ戦闘継続が可能のようだ。
外傷は俺よりも少ないか。
ビッグバンの威力はかなりのもののはずなのだが。
これは棄権したほうがいいかもしれない。
もうこっちはまともに闘える状態じゃない。
アイリスは外傷が少なく、まだまだ戦闘可能だろう。
いや、待て。
アイリスの様子が少しおかしい。
やたら息が上がっている。
これは……?
「はあ、はあ……。ここまでか……」
アイリスはそう言って倒れた。
闘気切れか?
出力を上げて使いすぎたようだ。
「そこまで! 勝者タカシ選手!」
審判が俺の勝ちを宣言する。
何とか勝てたか。
控室に戻る。
俺は満身創痍だ。
すぐに治療術師の人がやってきて、治療してくれた。
ミティもいる。
「タカシ様。おめでとうございます」
「ありがとう。ミティ。なんとか勝ててよかったよ」
勝てたのはよかった。
まあ、勝てても賞金などのメリットは特にないんだが。
強いて言えば、アイリスの俺に対する評価が上がっているかもしれないぐらいか。
ただ、もしかすると下がっている可能性もある。
この辺はアイリスの性格次第だからよくわからない。
もし俺がアイリスの立場なら、自分を負かしたやつのことは単純に嫌いになりそうだ。
そう考えると、こんなにボロボロになるまで無理してがんばる必要もなかったかもしれない。
まあ過ぎたことは仕方ない。
切り替えよう。
次の試合の観戦だ。
前座試合が終わり、本戦の2回戦が行われる。
今日の試合で、ガルハード杯のベスト8がベスト4に絞られる。
Aブロック2番、ミッシェル。6倍
Aブロック3番、リルクヴィスト。12倍
Bブロック1番、ミティ。27倍
Bブロック3番、ジルガ。4倍
Cブロック1番、エドワード。9倍
Cブロック3番、ストラス。7倍
Dブロック1番、ギルバート。4倍
Dブロック3番、マクセル。2倍
昨日の試合で俺を倒したミッシェル対、リーゼロッテと因縁のあるリルクヴィスト。
天使のミティ対、マッスルのジルガ。
武闘神官のエドワード対、足技のストラス。
マッスルのギルバート対、前回のガルハード杯準優勝者のマクセル。
それぞれ見どころのありそうな組み合わせだ。
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