「……あそこだ。あそこに紅葉たちが……」
俺は、とある建物の前に来ていた。
紅葉・桔梗・流華が捕らわれていると思しき場所。
それはもちろん、桜花城である。
「芽によって形作られた矢印は、桜花城方面に向いていたからな。そして、その芽は『七つ草』のもの……。桜花七侍が絡んでいると考えて、間違いない」
俺は考えを再整理しつつ、目の前の桜花城を見る。
昨日の深夜、俺は桜花城の瘴気を全て吸収した。
今の俺にとって、桜花城はさしたる魅力も美しさも感じない。
「だが、そんなことを言っている場合ではない。紅葉たちを助け出さなければ……。それに、ミッションの件もある」
俺は桜花城に向かってひっそりと歩き始める。
闇に満たされた俺は、全能感でいっぱいだ。
正面突破でも、桜花城の全てを滅ぼせるはず。
しかしそれはそれとして、全能感に振り回されない理性も少しは残っている。
最終的には大立ち回りになるかもしれないが、せめて最初だけは静かに潜入したい。
「……どうやら、桜花城内部や周辺は少しばかり混乱しているようだな。城門前を警備する『侍所』に人がいない。そして、門も開けっ放しだ……」
俺は『気配隠匿』スキルを活用し、大胆かつ慎重に桜花城へと繋がる橋を渡っていく。
今の俺は、いつもの日中活動で着用している侍装束だ。
特に目立ったり、怪しまれたりすることはない。
「ん? おい、そこの――んぎっ!?」
「……」
門を通り桜花城敷地内に入ったところで、男が話しかけてきた。
混乱気味の桜花城でも、さすがに敷地内を全スルーとはいかないか。
だが、彼の言葉は最後まで続かなかった。
俺が首をトンッとやって、気絶させたのだ。
「悪いな。急いでいるんだ」
俺は倒れた男に謝る。
だが、反省も後悔もない。
紅葉たちを一刻も早く助け出さなければならないのだ。
俺はそのまま、やや早足で桜花城1階を進んでいく。
すると、上へと続く階段前に数人の侍が立っているのを見つけた。
これはさすがに、こっそりと通過はできないか……。
「見ない顔だな、新人か?」
「ああ、そうだ。上階の警備を任されたのだが……」
侍の一人が、俺に話しかけてくる。
城内勤務の侍同士は、ほとんどが顔見知りなのだろう。
少しばかり警戒されている。
しかし同時に、不審者として強く警戒されているわけでもなさそうだ。
彼の言葉の通り、新人の侍だとでも思っているのだろう。
他の侍たちは、俺に特段の関心を示していない。
「なるほど。だが、今は少し立て込んでいてな。今日のところは、一階で待機していてくれ」
「ああ、分かった。ただ……せめて少しだけでも、上階の様子を見ておきたい。今後の警備の参考になるのでな」
俺はそう告げ、侍の横を通り過ぎようとする。
ちょっと無理がある理由なのは分かっている。
だが、通り抜けてしまえばこっちのもの。
うやむやにする感じで通り過ぎたい。
「おい、待て――がっ!?」
「……」
侍が俺を引き止めるべく、肩を掴もうとする。
その手を軽く躱し、腹パンを一発。
侍が崩れ落ちるより早く、俺は上階への階段を上り始める。
「え?」
「ん? おい……」
俺と問答していた以外の侍たちが、ようやく異変に気付いたようだ。
しかし、もう遅い。
俺は1階から2階への階段を上り終えた。
「く、曲者だ! であえ、であえー!!」
背後から声が聞こえる。
俺はそれに構わず、2階を進み始めたのだった。
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