夢を見ていた。
「たかし。ご飯ができたわよ。今日はたかしの好きなカレーよ」
「やったー!」
男の子が無邪気に喜ぶ。
この男の子は……俺だ。
夢か。
第三者視点での夢だ。
「おいしい! はぐはぐ」
「うふふ。いっぱい食べて、元気に育ちなさい」
カレーをおいしそうにほおばる男の子。
それを愛おしそうに見守る母親。
かーちゃん……。
なつかしい。
場面が切り替わる。
男の子がテレビを見ている。
ヒーローアニメだ。
「そこまでだ! かいじんオロステドンめ! へんしんだ!」
男の子がテレビのシーンに合わせて、おもちゃの変身ベルトのボタンを押す。
「せいぎのこころであくをきりさく! せいぎせんたい、ジャスティスレンジャーさんじょう!」
男の子が決めゼリフとともに、ポーズを決める。
「とわっ。しゅわっち!」
男の子がテレビのヒーローをまねして、パンチやキックを繰り出す。
テレビの中のヒーローが、怪人たちを倒していく。
しばらくして、アニメは終わった。
男の子を見守っていた母親が口を開く。
「たかしは本当にヒーローが好きねえ」
「うん! ぼくはしょうらい、ヒーローになるんだ。わるいやつをやっつけて、こまっているひとをたすける!」
「ふふふ。そのためには、体を鍛えるだけではなくて、勉強も頑張らないといけないわね」
「がんばる!」
男の子が元気にそう返事をする。
母親が幸せそうにほほえむ。
場面が切り替わる。
男の子が外から家の玄関に入ってくる。
学校から帰ってきたところのようだ。
彼は中学生になっている。
「かーちゃん! 今回のテストで、学年でついに1番になれたよ! 部活動でも地区予選で優勝した!」
「よかったねえ。たかし。これでまた、憧れのヒーローに近づいたわね」
「よしてよ。さすがにヒーローはもう目指していないよ。でも、弁護士、警察官、自衛隊員、医者。人を助ける仕事はいっぱいある」
「そうだねえ。立派な大人になるんだよ。そうそう。となりの千秋ちゃんが来ていたわよ。明日の縁日、いっしょに行こうって」
「わかった。後でまた連絡しておくよ」
千秋か。
この時期、いい雰囲気になっていた幼なじみだ。
その後、いろいろあって疎遠になってしまったが。
なつかしい。
場面が切り替わる。
男が暗い部屋の中でネットゲームをしている。
ボサボサの髪。
不衛生な体。
これは……。
少し前の俺だ。
「たかし。ご飯よ」
「部屋の前に置いてくれ。後で食べる」
「そろそろ今後のことも考えなさいね」
「うるせー! クソババア! 今いいところなんだよ! 邪魔すんじゃねえ!」
母ちゃんに汚い言葉を浴びせている。
俺がこうなってしまったのは何が原因だったか。
受験の失敗。
部活動の全国大会での惨敗。
就職の失敗。
千秋との別れ。
どれか1つだけが原因というわけでもない。
つらいことが積み重なって、メンタルをやられてしまったのだ。
両親や千秋、もしくは医者などに相談できればよかったのかもしれない。
当時の俺は、自分自身の力で立ち直ることに固執してしまった。
その結果、心が折れ、無職のまま無為に日々を過ごすことになってしまった。
「たかし……」
母ちゃんが悲しそうな顔をして、部屋の前から去っていく。
俺はこちらの世界に来て、チートの恩恵で充実した生活を送っている。
大切な仲間たちもできた。
ミティ、アイリス、モニカ、ニム。
俺にはもったいないぐらいのすばらしい女性たちだ。
しかし、元の世界にまったく未練がないと言えば嘘になる。
特に母ちゃんの件だ。
無職になってからは、母ちゃんにはつらくあたってしまっていた。
謝りたい。
俺はこの世界で元気にやっていると、報告したい。
育ててくれた恩返しをしたい。
他にも、父ちゃんや千秋、妹や友人。
連絡を取りたい人は何人か思い当たる。
彼らは、俺が突然いなくなってどう思っているのだろうか。
死んだと思って、泣いてくれたりするのだろうか。
それとも、連絡もなしに失踪して、最後まで迷惑なやつだと思われているのだろうか。
こんなことを考えても、大きな意味はない。
ミッションによれば、30年後の世界滅亡を回避すれば、元の世界に戻れる。
しかし、30年後のタイミングで戻ったとして、母ちゃんたちが元気でいてくれるかどうか。
俺のことも忘れられているかもしれない。
もしくは、こちらの世界と元の世界で、時間の流れる速さが異なるという可能性もあるが。
そんなことを考えつつ、俺の夢の中の意識は薄れていった。
●●●
夢を見ました。
「ミティ。ご飯ができたわよ。今日はミティの好きなお肉よ」
「やったー! おにく! おにく!」
女の子が無邪気に喜ぶ。
この女の子は……私です。
夢ですか。
第三者視点での夢のようですね。
「おいしい! はぐはぐ」
「うふふ。たくさん食べて、元気に育ちなさい」
肉料理をおいしそうにほおばる女の子。
それを愛おしそうに見守る母親。
お母さん……。
なつかしい記憶です。
場面が切り替わります。
女の子が表彰台に立っています。
これは、私がちびっこ相撲大会で優勝したときの記憶ですね。
4歳になった頃でしたか。
「パパ、ママ。ゆうしょうしたよ! ぶい!」
女の子が表彰台の上で、両親に向けてピースサインをします。
無邪気に喜んでいます。
「ぐぬぬ……。ミティちゃん、つぎはまけませんわよ」
別の女の子が悔しがっています。
彼女は準優勝です。
決勝戦で、私は彼女に勝ちました。
「わたしもまけないよ! カトレアちゃん!」
彼女の名前はカトレア。
小さいころからずっと仲良し。
ですが、今では……。
そういえば、彼女の態度が変わってしまったのは、この頃からでしたか。
表彰式が終わり、女の子は両親の元に駆け寄ります。
「えへへー。わたし、がんばったよ!」
「凄いわミティ。だれに似たのかしら。やっぱり私かしら。うふふ」
「いやいや、力が強いところはパパに似たんだよ。なっ、ミティ」
「パパとママ、2人ともだよ! だーいすき!」
「パパもミティが大好きだぞ!」
「ママもよ! 今日は、ミティの好きな肉料理にしましょうね」
「やったー!」
女の子と両親が、幸せそうな顔で家路につきます。
この頃は、幸せでした。
幸せが崩れ始めたのは、ちびっこ相撲大会で優勝した1年後ぐらいでしたか。
鍛冶の練習を始めた頃です。
私は不器用で、鍛冶がうまくできませんでした。
今思えば、鍛冶はすっぱりと諦めて、力仕事に専念すればよかったのかもしれません。
当時の私は、鍛冶に固執してしまいました。
周囲の視線が冷たくなっていきます。
カトレアとも疎遠になりました。
そんな中、両親は変わらず私を愛してくれました。
しかし、何らかの事情により家計が苦しくなってしまったようです。
そして、とうとう私は奴隷として売られてしまいました。
このあたりのいきさつは、あまり思い出せません。
黒いモヤがかかったように曖昧な記憶しかありません。
つらいことが多かったので、無意識のうちに自分で記憶に蓋をしてしまったのでしょうか。
無理に思い出すつもりもありません。
そんなことを考えつつ、私の夢の中の意識は薄れていきました。
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