「そうだな……。それはミッショ――」
そこまで言いかけて、俺は言葉を止めた。
危うく余計なことを話すところだった。
紅葉に対して、まだミッションの件は伝えていない。
俺の『加護付与スキル』だけでも異常なのに、さらに『ミッション』の存在まで伝えるのはやり過ぎだと思ったからだ。
流華や桔梗に対しても同様だ。
3人を信用していないわけではないが、まだ子ども寄りの彼女たちに余計な負担はかけたくない。
それに、伝えることのメリットが小さいというのもある。
強いて言えば、まさに今問われている『なぜ他の藩を攻めて支配しようとするのか』という質問に即答できるぐらいだが、それだけではリスクに見合わない。
「えっと? みっしょ……密書、ですか?」
紅葉の声が、おずおずと問いかけてくる。
彼女の細い眉が、困惑の色を帯びていた。
俺の曖昧な言葉が、彼女に余計な警戒心を抱かせてしまったのだろうか。
「いや、今のは忘れてくれ。そして、改めて回答しよう。答えは簡単なものさ」
俺は努めて平静を装い、軽く肩をすくめる。
紅葉の瞳が、期待と疑念の間で揺れているのがわかる。
「と、言いますと?」
「俺がそうしたいから、そうするんだ。全ての愚民どもは、俺に服従する義務がある。その手始めに、俺は近麗地方を掌握するつもりなのさ」
「……」
紅葉は、呆気に取られたような顔をする。
その表情は、まるで冗談を言われたのか、それとも本気で周辺一帯の征服計画を語られたのか、判断に迷っているようだった。
彼女の瞳には、信じたい気持ちと、信じきれない恐れがせめぎ合っていた。
「そ、そうですか」
彼女の声は、微妙に震えていた。
その視線は、俺の顔からわずかに逸れている。
……反応がイマイチだな。
というか、ドン引きされている気がする。
俺は内心、冷や汗をかいていた。
さすがに言葉を間違えたか?
煽るつもりも、威圧するつもりもなかったが、どうやら逆効果だったようだ。
紅葉の瞳は、まるで深い霧に包まれた森の中を彷徨うように揺れている。
「高志様の深謀遠慮、私ごときには測り知れません……。ですが、いずれは理解してみせます!」
紅葉はそう言うと、腰に手を当て、まるで自らを奮い立たせるように背筋を伸ばした。
その姿には、どこか覚悟のようなものが漂っていた。
「あ、うん」
俺は曖昧に返事をした。彼女の気丈な姿勢を前に、言葉を選ぶ余裕すらなかった。
ただ、ひとまずは納得してくれたようだ。
よし。この話はこれで終わりだな。
空気の重さを振り払うように、俺は話題を変える。
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