「構えが甘いよ!」
「うっ!」
アイリスのパンチが俺にヒットする。
「動きが雑だよ! 力の強さや闘気術に頼りきらないで」
「は、はい!」
アイリスの注意にミティが返事をする。
アイリス、ビスカチオ、エドワードと出会ってから、1週間が経過した。
今はアイリスにアドバイスをもらいつつ、ミティを含めて3人で試合形式の訓練をしている。
最近の1日のスケジュールはこうだ。
午前の前半は、俺、ミティ、アイリスの3人で、メルビン師範の指導で闘気術と武闘の訓練。
アイリスは見習いとはいえ、俺やミティよりも武闘においては格上だ。
おそらく、格闘術レベル2か3ぐらいはあると思う。
メルビン師範が他の門下生の指導のために離れているときは、アイリスに指導してもらうことができる。
彼女は身体能力や闘気も優秀だが、特に技術面で秀でているようだ。
攻撃の正確性、相手の攻撃の受け流し、見切りなど。
彼女から教えられることは多い。
訓練の効率は格段に上がったように思う。
アイリスはアイリスで、メルビン師範に教えられているし、彼女の技術が完璧というわけではもちろんないが。
午前の後半は、ミティとアイリスはそのまま闘気術と武術の訓練を継続。
俺はビスカチオの指導で魔剣術の訓練をしている。
ミティやアイリスと比べて武闘の訓練時間が少ないので、実力に差がつきつつある。
まあ仕方のないことだ。
魔剣術は、実際に指導してもらったら有用そうな技術だと感じた。
魔剣術の訓練もおろそかにはしたくない。
「ちょっと休憩にしようか」
アイリスから休憩の提案があった。
床に座り込む。
「ふう。もうヘトヘトだ」
「私もです」
「……ん? タカシ、足からちょっと血が出ているよ」
アイリスに指摘され、自分の足を見る。
「ホントだ。さっき、足技の練習をしていたときかな」
これぐらいなら、俺の治療魔法レベル1で治せるだろう。
「ボクが治療魔法をかけてあげるよ」
アイリスも治療魔法を使えるようだ。
武闘の技術や闘気術に加え、治療魔法も扱えるとはな。
かなり優秀だ。
「彼の者を癒やしたまえ。キュア」
アイリスの治療魔法により、俺の足の傷が治療されていく。
「ありがとうございます。アイリスさんは治療魔法を使えるのですね」
「まあ神官だしね。まだ初級しか使えないから、もっと上達したいのだけど」
「中級以上はやはり難しいのですか?」
「難しいよ。司祭クラスは使える人が多いけどね。エドワード司祭も使えるよ」
エドワードは、ガルハード杯の予選が免除される武闘の実力に加え、中級の治療魔法が使えるようだ。
アイリスは優秀だが、エドワード司祭はそれ以上に優秀ということか。
まあ彼女の上司みたいなポジションだし、それはそうか。
「へえ。すごいのですね」
「今度のガルハード杯では、魔法禁止だから役に立たないけどね」
火魔法や風魔法などの直接攻撃系の魔法が禁止されているのは当然として、治療魔法なども禁止されている。
「ところで、アイリスさんの武闘の流派は剛拳流とは違いますよね?」
「ボクは聖ミリアリア流だよ。教会では、神の教えの他に、武闘や治療魔法の指導も体系的に行われているんだ。各地に派遣されている武闘神官は、ほぼ例外なく聖ミリアリア流の武闘術を習得しているよ」
神の教えはあまり興味ないが、武闘や治療魔法の指導にはちょっと興味があるな。
「そうなのですか。何か独自の技などはあるのですか?」
「あるよ。せっかくだし、見せてあげるよ」
アイリスが少し離れ、技の構えを取る。
「はあぁ……! 裂空脚!」
鋭い回し蹴りが放たれる。
「砲撃連拳!」
マシンガンのようなパンチの連撃だ。
「ふう。聖ミリアリア流で初級者が学ぶ大技は、このあたりかな」
アイリスがこちらに戻ってくる。
「なるほど。強そうな技ですね」
「まあこの道場で学んでいる剛拳流との兼ね合いもあるし、タカシとミティは無理に練習しないでいいと思うけど。あくまで参考程度にね」
「私はちょっと興味があります。ミティはどう?」
「うーん……。そうですね……」
「ミティは腕力が強いし、剛拳流のほうが相性がいいんじゃないかな。まあ、聖ミリアリア流を学んで損はないとは思うけど」
「確かに、ミティは剛拳流が合っているか」
「もし興味があるなら、教会の大きめの支部がある街に行けば、本格的に学べるよ。聖ミリアリア流ならではの奥の手もあるし……」
今後、教会の支部を見かけたら、訪ねてみてもいいかもしれない。
「奥の手とは?」
「おっと。これはまだ秘密にしておこうかな」
「教えてくださいよ。気になります。なあミティ?」
「私も気になります」
俺とミティでアイリスに詰め寄る。
「ガルハード杯でのお楽しみってことで。エドワード司祭も、奥の手を本戦で披露して聖ミリアリア統一教の知名度を上げる心づもりだし」
大会で披露してくれるなら、ここでしつこく食い下がる必要性もないか。
「わかりました。楽しみにしています」
「私たちは予選から参加します。アイリスさんとも闘うことになるかもしれませんね」
ミティが拳をグッと握り締めて、やる気を見せる。
「うん。ボクも予選からの参加だよ。2人には負けないからね! 目標のためには、予選なんかで負けてられないよ!」
アイリスがそう意気込む。
「アイリスさんの目標はガルハード杯で上位入賞ですか?」
「今回の武闘会での目標はそうだね! そうしたら、メイビス姉さんに一歩近づける……」
アイリスが遠い目をする。
彼女の最終目標は、姉のようになることのようだ。
彼女が憧れるということは、姉は相当優秀な人だな。
上には上がいるということか。
世界は広い。
●●●
タカシたちが武闘の訓練に励んでいるころ。
魔の領域では、情勢が動きつつあった。
ここはスプール湖。
大きな湖である。
湖底には水没した古代遺跡がある。
湖が浅くなっている箇所では、古代遺跡が水上に一部露出している。
そのあたりで、対峙している集団がいた。
片方の集団は、壮年のオーガとハーピィ。
もう片方の集団は、10代から20代の比較的若いオーガとハーピィであった。
『クレアよ。くだらぬ真似はよせ。ともに陛下をお止めするのだ』
壮年グループのリーダー格の男がそう言った。
ハーピィの男だ。
ハーピィはとある世界の伝承上では女型とされているが、この世界では男型も存在していた。
彼は澄んだ目で相手を見据える。
『耄碌されましたか、クラッツ。陛下の命令は絶対。従う以外にありません』
若いグループのリーダー格の女がそう言った。
ハーピィの女だ。
彼女の目は黒くモヤがかかったようになっていた。
『ときには反対意見も言うのが、真の臣下というものだ。なぜそれがわからぬ』
クラッツの言うことは一理ある。
彼が心配しているのは、最近の陛下の異変であった。
平和を好む陛下が、人族の領域への攻勢を計画している。
理由を聞いても、イマイチ要領を得ない。
『くどい! ……あなたがたを反逆者として処分します。皆の者、いきますよ!』
『『はっ!』』
クレアの合図で、若いグループが一斉に攻撃を開始する。
『くっ。やむを得ないか。いくぞ、みんな! バカな若造たちの目を覚まさせてやるぞ!』
『『おうよ!』』
壮年のグループも応戦する。
『せいっ』
『エアバースト!』
『ぬんっ!』
………………。
…………。
……。
数刻の戦いの後。
勝ったのは、若いグループだった。
『ぐっ。おのれ……。いつの間にこれほどの力を……』
クラッツが傷を押さえながら、うめく。
壮年グループの他の者も、同程度の傷を負っていた。
『あなた方の時代は終わったのです。陛下の側近……六武衆の役目は、私たちが継ぎます。さようなら、先代の六武衆さんたち』
クレアがそう言って、クラッツにとどめをさす。
『がはっ』
クラッツは湖に落下する。
他の者も、同じくとどめをさされて湖に落とされていく。
そして、彼ら……先代の六武衆が浮かび上がってくることはなかった。
クレアはどこか悲しそうな顔でそれを見ている。
『……反逆者は処分されました。いきますよ、皆の者』
クレアが雑念を振り切るようにそう言い、飛び立つ。
若いグループ……今代の六武衆は、それに連れ立っていく。
彼女たちの目は黒くモヤがかかっていた。
空が雲に覆われようとしていた。
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