「いや、すまんすまん。今後は気をつける」
俺はタジタジになりながら、苦笑いを浮かべた。
紅葉はまだ頬を膨らませたまま、じとっとした視線を向けてくる。
小さな手を腰に当て、じれったそうに軽く足を鳴らした。
(可愛い……)
紅葉は、こうして時折拗ねたり怒ったりするが、それがまた可愛げのある仕草になっている。
普段は冷静に俺の右腕として動いてくれる彼女だからこそ、こうした表情の変化がより一層新鮮に映る。
――桜花城攻めを決行する前、俺は闇を受け入れた。
それによって、無意識に設けていた行動の制約が取り払われた。
思い切りの良さが増し、欲望に忠実になった。
桜花藩を支配した勢いのまま、俺は湧火山藩や那由他藩をこうして次々と攻め落としてきた。
他藩の主要戦力を屈服させるための暴力は厭わない。
子どもたちを親元から引き離し、人質として連れ帰ることにも、ためらいはなかった。
もし言うことを聞かない者がいれば、多少の暴力による“しつけ”も選択肢に入る。
俺は、そういう生き方を選んだ。
早く記憶を取り戻すためには、なりふりかまっていられない。
手段を選ばず、冷徹な決断を下し続ける。
――だが、それはそれとして。
古くから俺に付き従ってくれた紅葉には、特別な愛着がある。
単なる部下や戦友といった関係を超えた、言葉にしがたい絆があった。
ちょっと大げさに言えば、”糟糠の妻”みたいな感じか。
記憶を失う前の俺にはもっと付き合いの深い人がいたかもしれないが、少なくとも近麗地方に来てから最も古い付き合いなのは紅葉だ。
俺がどんな道を選ぼうと、紅葉は傍にいてくれた。
紅葉の”命令”を受け入れるつもりはないが、紅葉の”お願い”ならなるべく受け入れてあげたい。
そんな気持ちを抱いている。
「しかし、ちょうどいいところに来てくれたな。実はちょっと困っていてさ……」
俺が話を振ると、紅葉は自信ありげに胸を張り、言葉を被せてきた。
「みなまで言わないでください。分かっています」
その言葉に、俺は思わず感嘆する。
「おお! さすがは紅葉だ! 分かってくれるか!」
俺の言葉に、紅葉は満足そうに微笑んだ。
まさに以心伝心。
一を聞いて十を知る――いや、実際にはまだ何も伝えていない。
一を“見て”十を知る、というべきか。
見事な洞察力だ。
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