盗掘団の捕縛作戦の後処理中だ。
ソフィアたちの睡眠魔法により眠らされていた俺たち先遣隊は、無事に目を覚ました。
まだ状況を完全には把握できていないが、捕縛作戦は無事に成功したようだ。
ブギー頭領やジョー副頭領、それに下っ端戦闘員たちの多くは縄で拘束されている。
一方で、ナディアやパルムス、それに下っ端戦闘員の一部は拘束されていない。
何やら、ラーグの街の元住民で今は記憶を失っている人たちらしい。
ナディアの本名はナーティア。
モニカの母親だ。
パルムスの本名はパームス。
ニムの父親だ。
モニカの父ダリウスや、ニムの母マムの口ぶりからは、死別してしまっているような雰囲気を感じたのだが。
どうやら、ここ西の森の奥地で生きていたようだ。
ただし、彼女たちは記憶を失ってしまっている。
何かの事件にでも巻き込まれたのかもしれない。
生きていてよかった。
それは間違いない。
しかし、ダリウスとマムの再婚話はどうなるのだろう?
彼らは、ナーティアやパームスが死亡してしまったものと思っているはずだ。
やることはやってしまっているかもしれない。
これは浮気になるのか?
ラーグの街に帰ったら、修羅場になる可能性がある。
いや、それよりも生きていた喜びのほうが大きいか?
まあこの辺は俺が考えても仕方ない。
なるようになるだろう。
「それで、ボクとタカシが治療するのはどの人なの? 重傷者はいないみたいだけど」
アイリスがマリーにそう問う。
「外傷の治療というわけではない。治療してほしいのは、記憶喪失者たちだ。高度な治療魔法は、失った記憶を取り戻す効果もあるとされているのだ」
マリーがそう言う。
彼女が事情を話し始める。
俺たちが眠っている間に、ブギー頭領などから事情を聞き出していたようだ。
今から数年前に、ラーグの街から王都へ向かう馬車が何者かに襲われる事件があった。
乗客や護衛の冒険者が全員行方不明になったらしい。
その乗客の中には、ナーティアとパームスも含まれていた。
馬車自体は、全壊した状態で見つかったそうだ。
ただし、おびただしい血痕といっしょにだ。
王国の調査隊は、乗客たちは死亡した可能性が非常に高いと判断して、乗客の家族などに通告した。
この判断は、ある程度は妥当だろう。
”死体がなければ死亡を認めない”とすると、相続などがいつまでも行えないことになるからな。
どこか一定の基準でそういう判断も必要だ。
現代日本の法律で言うところの、失踪宣告というやつである。
ただし、今回の件に限って言えば、それは早とちりだったようだ。
馬車を襲ったシルバータイガーは、ブギー盗掘団によりかろうじて撃破されていたのである。
ちなみにシルバータイガーは、災害指定生物第2種に指定される強力な魔物だ。
討伐には、本来であればBランク冒険者クラスの実力者が必要らしい。
おそらく、ホワイトタイガー、ジャイアントゴーレム、ミドルベアあたりよりも強いだろう。
キメラと同格ぐらいかもしれない。
ブギー盗掘団がシルバータイガーを撃破したことにより、乗客たちの命は助かった。
だが、シルバータイガーの魔力波という攻撃により乗客たちは脳にダメージを負い、記憶を失ってしまった。
そんな彼らを一度街に帰すという話もあったそうだ。
しかし、本人たちが命の恩人であるブギー盗掘団の面々に恩を返したいと言ったため、彼らは盗掘団の一員として活動を始めることになったとのことだ。
「話が本当ならば、盗掘の罪を減じる余地がある。シルバータイガーを倒してくれたとなると、ちょっとした英雄だからな。だが、現時点で話を鵜呑みにするわけにもいかん。何とか記憶喪失者たちの記憶を取り戻して、より正確な情報がほしいのだ」
マリーがそう言う。
シルバータイガーを撃破した功績により、盗掘の罪が減るわけか。
まあ、盗掘は殺人などと比べると軽い罪だしな。
「もちろん僕たちも試したことがあるけど、僕たちレベルの治療魔法では効果がなかったんだ。悪いけど、任せたよ」
ソフィアがそう言う。
彼女たちの中には、治療魔法を使える者が複数人存在する。
まだ10代という年齢を考慮すれば、十分に優秀だ。
しかし、上級の治療魔法は残念ながらまだ使えないらしい。
聞いたところ、中級のエリアヒールの合同魔法は使えるそうだ。
広範囲の治療をすることには長けているが、重傷者や記憶喪失者の治療には不十分といったところか。
「わかった。では、俺たちの治療魔法を試してみよう」
「そうだね。まずは……」
アイリスが候補を探す。
ナーティア、パームス。
他にも、元冒険者やその他同行していた人など、記憶を失っている人はたくさんいる。
あと、犬のリックにも余裕があればかけておきたいところだ。
ただ、最初の1人に名乗り出るには少し勇気が必要だ。
だれか名乗り出る者はいないものか。
「……うん。最初は私にかけてもらおうかな」
「お母さん!?」
最初の1人に立候補したのは、モニカの母ナーティアであった。
なかなか度胸がある。
モニカも、時おり男勝りな面を見せることがあった。
母親譲りの性格だったか。
「はやく、かわいい娘との記憶を思い出したいしね。もう少しで思い出せそうな気もするんだけど……」
「お母さん……。うん、はやく思い出してね。お父さんのことも……」
ナーティアとモニカがそう言う。
「では、さっそく。いくぞ、アイリス」
「うん。いつもどおりに息を合わせよう」
俺とアイリスで、治療魔法の詠唱を始める。
「「……彼の者に安らかなる癒やしを。リカバリー」」
大きな癒やしの光がナーティアを覆う。
そして、しばらくして。
「……ううっ!」
ナーティアが頭を押さえ、よろける。
しばらくして、彼女の目に涙があふれてくる。
「お母さん!? だいじょうぶ?」
「……うん。だいじょうぶよ。私のかわいいモニカ。……すべて思い出したわ。ずいぶんと待たせてしまったね」
ナーティアがそう言う。
無事に記憶を取り戻したようだ。
モニカがナーティアに駆け寄り、抱きつく。
「私ね……。料理がすごくうまくなったんだよ。お父さんもよく褒めてくれるんだ」
「まあ、そうなの。モニカは小さい頃から、料理の練習をがんばっていたものねえ。お父さんも、鼻が高いだろうね」
「うん……。それでね。この人と今度結婚するんだ。タカシっていうんだけど。優しい人なの」
モニカが俺のことをそう紹介する。
優しい……か。
それはどうだろう。
今回のブギー盗掘団の捕縛作戦では、俺の本性があらわになってしまった気がする。
闇の瘴気は、人の負の感情を増幅させて暴走させる効力を持つ。
つまり、その人の負の本性があらわになるのだ。
俺が優しいのは、あくまで忠義度稼ぎなどの打算によるところが大きい。
チートにより強大な力を手に入れつつある今、好き放題に振る舞ってしまいたい欲はある。
闇の瘴気のようなきっかけがあれば、その欲が出てしまうこともあるかもしれない。
今後は注意しないとな。
一般市民や同業である冒険者たちに対して、横暴な態度で接しないのは当然のことだ。
そして、盗掘団のような犯罪者に対しても同じである。
人殺しレベルの犯罪者はともかく、盗掘ぐらいの犯罪者であれば、更生の余地は十分にある。
俺はステータス操作のチートにより抜群の戦闘能力を持つし、余裕を持って接していくべきだろう。
人に優しくあろう。
「それはいいことね。……タカシさん。娘をよろしくお願いね」
「ええ。もちろんです」
俺はナーティアに対してそう答える。
そして、モニカとナーティアは母娘で積もる話を始めた。
長い間離れ離れになっていた親子の感動的な再会シーンだ。
俺もその感動を共有したいところだが、俺にはまだやるべきことがある。
「ナーティアさんの記憶の復元はうまくいったな。よかったよ」
「そうだね。次の人は……」
アイリスが次の候補者を探す。
ナーティアという成功例が1人出たことで、ハードルは下がっただろう。
みんな、前向きに考えているような顔をしている。
ただし、アイリスのMPを考慮すると、今治療できるのは後1人ぐらいだろう。
さて、だれを治療するか。
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