エレナとダダダ団の戦いが始まろうとしている。
彼女と俺がのんきな会話をしている間に、彼らは態勢を立て直してしまっていたのだ。
「へへっ! 覚悟しな、嬢ちゃん!!」
「魔法使いだか何だか知らねぇが、近接戦闘はできまい!」
「油断したのが命取りだぜ!!」
チンピラたちがエレナに襲いかかる。
1対1における総合的な戦闘能力としては、Cランク冒険者であるエレナに分があるだろう。
だが、それは特段の条件がない場合だ。
1対1であっても、近接戦闘に限定すればエレナの方が不利である。
さらに言えば、今は1対10ぐらいの状況だ。
数の差を覆すことは難しい。
(これは……マズイんじゃないか?)
俺は焦り始める。
チンピラたちは全員、武器を構えている。
そして、エレナは丸腰だ。
杖はあるものの、近接戦闘には使えない。
魔法使いが丸腰で戦うなど、自殺行為に等しい。
勝機があるとすれば、先制で高威力の範囲攻撃を放つことだろう。
しかしそれも、俺との雑談で一度キャンセルされてしまっている。
今の状況から、再び発動するには少々時間が足りない。
「エレナ! 逃げるんだ!!」
俺は思わず叫んでしまう。
「……」
「エレナ?」
しかし、エレナは俺の言葉を無視して杖をかざす。
「――起動せよ。万物を破壊する魔導の杖よ――」
「へへっ! させると思うのか?」
「魔法使いは、詠唱が終わる前に潰すのが定石ぃ!!」
「オラァ!! 死ねぇ!!」
エレナに向かって、チンピラたちが殺到する。
言わんこっちゃない。
これでは、いくらCランク冒険者の彼女といっても厳しい。
……ん?
「ぎゃあああぁっ!!」
「ぐわぁっ!!」
チンピラたちの悲鳴が上がる。
エレナに向かっていたはずの男たちが、逆に吹き飛ばされたのだ。
「ふふふー。エレナちゃんには困ったものだよー。わたしたちを置いていくなんてさー」
「でも、ある意味では成功っす! こうして不意打ちが成功したっすからね!!」
いつの間にか、エレナの近くに2人の少女が立っていた。
彼女たちは、エレナのパーティメンバーだな。
「おお……。いいところに来てくれたな。ルリイとテナだったか」
「ふふふー。また会ったねー。タケシさん」
「お久しぶりっす! タケシっちさん!」
俺たちは挨拶を交わす。
エレナと同様、彼女たちも俺の名前を間違えて覚えているようだ。
まぁ、今に限って言えば都合が良いのだが……。
イマイチ釈然としない。
「ちょっと! タケシ!!」
「なんだよ? エレナ」
「私の名前は間違えて覚えていたくせに……! ルリイとテナの名前を覚えているのはどういうことなの!?」
「それはお互い様――」
俺はついうっかり、反論をしそうになる。
彼女も俺の名前を『タケシ』と間違えているので、お互い様だと。
しかし、その反論はマズイことに気付いた。
タケシじゃないのなら、本当の名前は何かという話になるからだ。
「お互い様……ですって? どういうことよ?」
「――と、とにかく! 今はそれどころじゃないだろう!?」
俺は強引に話題を変える。
エレナが少しだけ不満そうな顔をしたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ダダダ団は、数人を除いてまだまだ健在なのだ。
「ふん……! 私たち『三日月の舞』にかかれば、こんな奴ら一網打尽よ! ルリイ、テナ! いつも通りの『三位一体』、いくわよ!!」
「りょうかいー」
「オッケーっす!」
3人が魔力を高め、詠唱を始める。
そしてほどなくして、彼女たちが魔法を放った。
「我が敵を滅せよ! ファイアトルネード!」
「我が敵を撃て! ライトニングブラスト!」
「我が敵を砕け! ストーンレイン!」
エレナが炎の渦を放ち、ルリイが雷の嵐を巻き起こし、テナが石礫を降らせる。
「うぉぉ!?」
「ぎゃああっ!!」
「ひぃぃ!!」
ダダダ団の面々が次々と倒れていく。
その様子はまるで、3色の竜巻が荒れ狂っているかのようだ。
「すげぇ……」
俺は感嘆の声を上げる。
3年ほど前にも、同じ魔法を見たことがあったな。
当時はリトルベアに対して放っていた。
その時よりも威力自体は控えめになっているが、これは敢えてだろう。
チンピラに対して高威力の魔法をぶっ放せば、問答無用で殺してしまうからな。
別にマフィアなんか死んでもいいと考える者も多いと思うが、形式上は罪名が確定していない。
Cランク冒険者とはいっても特権階級ではないし、下手に殺してしまうと後処理が面倒になる。
そうした理由から低めの威力となっているようだが、練度は上がっているように感じられた。
(魔力の流れにムダがないな……。上手く噛み合っている)
火魔法、雷魔法、土魔法。
それぞれの単独魔法としてなら、俺の方が高威力の魔法を放つことができるだろう。
しかし、3つの属性を組み合わせた魔法の完成度においては、俺より上のように感じられた。
「く、くそーっ! 俺たちダダダ団がやられるとは!!」
「覚えてやがれ! 絶対に許さねぇからな!!」
チンピラたちがそう言って退散していく。
俺やエレナたちは、深追いせずにそれを見送る。
こうして、サーニャちゃんの『猫のゆりかご亭』前におけるイザコザはとりあえず解決したのだった。
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