「……でも、その後はこの紅炎藩に留まらなければいけないのでしょう? 火の妖力が満ちるこの場所は、私にとっても新たな力を得る良い修行場所になったわ。でも、ずっといるわけにはいかない。私はここに骨を埋める気はないの。だから――」
少女が告げる。
彼女の名前はユナ。
元々はサザリアナ王国で活動する冒険者であり、数奇な縁を辿ってタカシ=ハイブリッジの妻の一人になった。
1か月以上前。
彼女はタカシの秘密任務を手伝うべく、はるばるとサザリアナ王国から大和連邦へとやって来た。
敵方の転移妖術によって離れ離れになった今、彼女は『夕奈』と名乗り活動している。
名の響きは、この地でも違和感なく溶け込んでいた――いや、むしろ親しみを持たれることさえあった。
彼女の得意分野は『弓術』と『火魔法』。
弓は遠距離から攻撃できる優れた武器だが、限界もある。
腕は二本、弦は一本。
矢にも限りがある。
魔力と闘気を駆使することで瞬時に百発の矢を放つことができるまでになったが、それでも何かが足りなかった。
そのため、最近の彼女はもっぱら火魔法の鍛錬に注力していた。
そんな彼女がこの地で出会ったのが、『火妖術』だった。
炎が意思を持ち、意志が炎を喚ぶ。
大和にしか存在しないこの技術体系に触れたとき、ユナは胸の奥で何かが爆ぜるのを感じた。
まるで、自分の中の『火』が応えるように、燃え上がった。
仲間との再会を先延ばしにしてでも、学ぶ価値があった。
鍛えなければならないという直感があった。
だからこそ、彼女はこの紅炎藩に滞在していた。
日々、火と語らい、身体と精神を研ぎ澄ませる時間。
けれど、その修行にも、一区切りが訪れようとしていた。
再び旅立とうとした、その矢先――侍たちから屋敷に呼び出され、こうして何やら懇願を受けているのだ。
「それでも構わぬ」
低く、そして静かに響いたその言葉。
ユナの眉がわずかに動いた。
「え?」
まるで、自分の耳が聞き間違えたのではないかと疑うように。
だが、侍の顔は真剣そのものだった。
迷いも未練も、そこにはなかった。
ただ、決断があった。
「『業火の試練』を突破したあと、この藩から旅立ってもらって構わぬ。そう言ったのだ」
「……どういうことよ? 前と話が変わっているじゃない」
ユナがわずかに身を乗り出す。
侍の言葉にこめられた真意を掴みかねていた。
紅炎藩が抱える事情は、彼女もある程度理解している。
世は戦国時代。
弱肉強食の論理が、あらゆる地に通じていた。
紅炎藩の独立性は、ひとえにこの地に宿る神――とある大和神の恩恵に依るものであるという。
十大神の一角。
その加護の強さは、かなりのものらしい。
だが、その恩恵を受けるには『試練』を受ける必要がある。
そして、『試練』を受けるためには藩の上層部へ申請して認可されると共に『藩への忠誠』を誓わねばならない。
――そう聞いていた。
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