ハイブリッジ男爵領東部にある小規模な村。
ゴブリンの群れに囲まれて窮地に陥っていたのだが、Cランクパーティ『三日月の舞』が駆けつけてくれた。
彼女たちの範囲攻撃魔法により、ゴブリンは数をどんどん減らしていく。
Cランク冒険者にとって、ゴブリンは格下の相手だ。
特に魔法使いであれば、遠距離から一方的に殲滅できる。
今の彼女たちには雑談をする余裕さえあった。
「さてと。ゴブリンどもはこの程度っすかね」
「そうみたいだねー。かんたん、かんたんー」
「私たちの手にかかればこんなものよ」
彼女たち『三日月の舞』が誇らしげに胸を張る。
その時だった。
「ギギィ……。ギャウッ!!」
まだ息のあったゴブリンが、最後の力を振り絞って立ち上がる。
そして、近くにいたエレナに攻撃するべく、棍棒を振り上げた。
「えっ!?」
油断していたエレナは咄嵯に動けない。
ゴブリンの棍棒が彼女に振り下ろされていく。
絶体絶命だ。
「ギッ……!?」
しかし、その瞬間、エレナの前に誰かが立ち塞がった。
ドゴッ!
その人物は、ゴブリンの棍棒を”顔面”で受け止める。
「悪は成敗するです」
そして懐のレイピアを取り出し、ゴブリンの首筋を突く。
一瞬の出来事であった。
ゴブリンは絶命し、倒れた。
「君たち、大丈夫です?」
その人物――神官服を着た幼女は、エレナに向かって振り返った。
見かけは完全な子どもなのだが、その雰囲気には不思議な威圧感があった。
その瞳は、中に星が存在しているかのように輝いているように見える。
「あ、ありがとう……。私は無事だけど……」
「無事なら良かったです。僕様ちゃんがたまたま通りかかって幸運だったですね」
「あの……棍棒を顔に受けていたように見えたのだけど……。あなたにケガは……」
「問題ないです。僕様ちゃんはあの程度ではビクともしないですので。ほら、この通り無傷ですよ」
幼女はエレナの前でクルリと回ってみせた。
確かに、彼女にダメージを受けている様子はない。
エレナたちは目の前の少女を改めて観察してみる。
神官服に身を包んだ、幼い女の子。
見た目だけならば、ただの子どもにしか見えない。
だが、彼女が纏っている空気は普通ではない。
明らかに強者のオーラを放っている。
それに、ゴブリンの棍棒を顔面に受けて無事なほどの頑強性と、その後にゴブリンを瞬殺したレイピア捌き。
明らかに只者ではなかった。
この少女は一体何者なのか――?
エレナたちが疑問に思っていると、他の場所から声が聞こえてきた。
「おおい! あんたたち、無事か!?」
「怪我人はいるか!?」
「あんたらは村の恩人だ! 俺たちにできることがあれば、何でも言ってくれ!」
駆けつけたのは、村人たちだった。
村の周囲にある土壁越しにゴブリンと戦っていた彼らだが、助太刀に来たエレナたちの活躍を見て安堵していた。
しかしその後に何やらゴタゴタしているのを見て、慌てて駆けつけたようだ。
「ふふふー。わたしたちは無事だよー」
「この子が助けに来てくれたっすから!」
ルリイとテナが村人たちに手を振って応える。
「無事で何よりだ! ホッとしたぜ」
「4人とも、ぜひ村に来てくれないか? 礼をさせてもらいたい。ああ、もちろんゴブリンの後処理も任せてくれ」
「良い心がけね。遠慮なくお礼とやらを受け取るわ。あなたも来るわよね?」
村人の言葉を受け、エレナが幼女に話を振る。
最後の一匹だけの参戦とはいえ、窮地を救ってくれたのは大きい。
何らかの報酬を受け取る権利は十分にある。
「いえ、僕様ちゃんはもう行かないとなので。遠慮するです」
「でも、ピンチを救ってもらっておいて何もなしっていうのは……」
村からの招待を辞退する幼女に対して、エレナが食い下がる。
「では一つだけ聞かせてもらうです。タカシ=ハイブリッジという名前を知っているです?」
「へ? え、ええ。タカシ=ハイブリッジ男爵はとても有名よ。この村も、ハイブリッジ男爵領の東部にあるわけだし……」
「やはりそうですか……。旅路は順調なようです。ここが東部ということは、このまま西に進めば彼に会えるですね?」
「たぶん……。彼は貴族だけど、平民からの謁見の申し出を無下にはしないと思うわ」
「分かりました。ありがとうです。それじゃあ失礼するです」
「ちょっと待って!」
そのまま立ち去ろうとする幼女の背中に、エレナが声をかける。
「なんです?」
「名前を教えて。私はエレナよ」
「……僕様ちゃんの名前はリッカというです」
「リッカ……。あなたは……」
一体何者なのか?
エレナがそれを口にするよりも早く、リッカと名乗った幼女は動き出す。
「それではまたどこかで。ごきげんよう」
リッカは、神官服をなびかせながら去っていった。
「……本当になんなのよ、あの子?」
「変わった子だったねー? この辺の生まれじゃなさそうー」
「でも、ハイブリッジ卿の名前を知っていたっす。遠方からのファンっすかね?」
「そうだとしても、あの年で一人旅なんて無謀じゃない? 百歩譲って馬車旅ならまだしも、徒歩なんて……」
「ふふふー。でも、なんだかとっても強そうな子だったしー。大丈夫だと思うなー」
「そうっすね。彼女なら、魔物や盗賊なんて簡単に倒せる気がするっす」
3人の少女たちは、しばらくその場でリッカのことを語り合っていた。
その後は村に招き入れられ、ちょっとした宴会を楽しむことになったのだった。
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