「くくく……。我が『桜花藩』は美しい。この世の春を、まさに今迎えているのだ」
豪華な畳敷きの部屋の中で、ふんぞり返った人物が呟く。
その者の名は、桜花景春(おうかかげはる)という。
今年で15歳であり、まだ未熟だ。
しかし、彼の父親……つまりは先代の藩主である景正(かげまさ)が病で倒れたため、藩主の座につくことになった。
「……それで、おぬしたちの要求はなんだったかな?」
景春は尋ねる。
彼の近くには、数人の女たちの姿があった。
「私たちに力を貸してほしいのです」
「くくっ。それはなぜだ?」
「……事情はご存知のはず。私たち『佐京藩』――いわゆる『女王派』は、『愛智藩』を中心とした『将軍派』の暴挙を憂慮しています。このままでは、ヤマト連邦全体の平和が脅かされかねない。そうなる前になんとかしなければと……」
「ふん、要するに政争だろうが。大義名分をかざしているつもりだろうが、やっていることはただの権力闘争だ。くだらん」
景春は吐き捨てる。
彼の父親である先代の藩主、景正は権力争いや汚職とは無縁の人物だった。
武功には乏しいが、ただ純粋に国の安寧を願う人物……というのが周囲の評価だった。
それを景春も引き継いでいるのだろうか?
……否。
「余はこのままでいいのだ。桜花藩は美しい。物流が盛んで、重税を課せばいくらでも金が集まってくる。『女王派』にも『将軍派』にも、余の邪魔はさせぬ」
景春は断言する。
彼が藩主の座についてからというもの、桜花藩は急速に税制を改革した。
重税によって民を苦しめ、私腹を肥やす……。
それが彼のやり方だ。
このまま税率を上げていけば、やがて民は重税に耐えかねて逃げ出すだろう。
だが、短絡的な思考しか持たない景春は、そんなことはお構いなしに重税を課している。
民を苦しめる政策を推し進める一方で、彼の手元には多くの富が集まっていた。
「しかし、景春殿……」
「くどい! どうしてもというのであれば、条件は先に伝えたとおりだ!!」
「い、いくらなんでも『佐京藩』の巫女一族を丸ごと差し出すというのは……」
女の一人がおずおずと言う。
景春の要求は、『佐京藩』の巫女一族全員を桜花藩に引き渡すことだった。
おそらく、愛妾にして楽しむのだろう。
あるいは、その血筋を活用して特殊な妖術を発動したり、単純に見目麗しい巫女を侍らせて悦に入るのが目的か……。
「できるできないは聞いておらん。足元を見るのはこちらだ。おぬしたちにとって、ここ『桜花藩』は喉から手が出るほど欲しい拠点だろう。将軍派とやらに攻勢をかけるために」
景春はニヤリと笑う。
女王派は九龍地方を中心にしつつ、重郷地方や四神地方にも勢力を伸ばしている。
そして、将軍派は中煌地方を勢力圏とし、近麗地方の東側まで勢力圏に収めていた。
それらのちょうど中間地点に、『桜花藩』は位置している。
この土地を征服するか、あるいは協力を取り付けることで、今後の戦が有利に進められる……。
そういう狙いから、女王派は景春に交渉を持ちかけているのだ。
「し、しかし……」
「くどい!! もうよい。宴の予定が迫っているのだ。下がれ!!」
景春は語気を荒らげる。
その迫力に圧され、女たちは渋々と引き下がったのだった。
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