「あー、疲れたなぁ……」
俺はそう呟く。
魔法陣があったホール型の部屋を出て、来た道を戻っていく。
今日の午前中はフレンダと血糊爆弾で遊んだ。
午後にはミティ、アイリス、ジェイネフェリアを伴って魔法の絨毯を使用してラーグからリンドウへ移動した。
地味ながらも、この時点でそれなりに疲れていたと言っていいだろう。
その後、ミティと力を合わせてアダマンタイト粉砕機の位置を微調整した。
そして、つい先ほどは魔法陣の上で魔力を開放した上で、出てくる魔物を殲滅して器とやらを示した。
結果として炎の精霊を受け取ることに成功したのだが、初契約の代償としてかなりの量のMPを消費した。
これほど消耗したのは、ここ最近でもかなり珍しい。
自分の足が重く感じる。
「タカシ様、大丈夫ですか? よろしければ、私が背負って差し上げても……」
「いやいや、さすがにそれには及ばないさ」
ミティの提案を断る。
いくらなんでもそこまで甘えるわけにはいかない。
彼女は彼女で、それなりに疲れているはずだ。
今日の午前は普通に働いていたし、午後からは俺と共にここまでやって来た。
アダマンタイト粉砕機が不調に終わった後、彼女は闘気を全開放して巨石を持ち上げたのだ。
疲労していないはずがない。
「ボクが背負ってあげようか?」
「アイリスもありがとうな。でも、大丈夫だ」
アイリスの申し出にも感謝を伝える。
しかし、俺はそれを辞退した。
俺やミティと同じく、アイリスも疲れているだろう。
午前中は聖ミリアリア流の武闘の指導や治療回りを行っていたと聞いている。
ミティのようにアダマンタイトの巨石を運んだり、俺のように魔物と連戦したり精霊を契約したりはなかったとはいえ、無理はさせられない。
「この遺跡、結構分岐が多いよなぁ……。階段を降りてからあの部屋にたどり着いたのは幸運だった。まぁ、他の分岐道にも同じような部屋があったのかもしれないが……」
「それはどうだろ? さすがにあんなに大掛かりな魔法陣がある部屋がいくつもあるとは思えないけど」
「私もそう思います。あの部屋にたどり着けたのは、タカシ様の天運がなせる技でしょう。……でも、アーティファクトとか魔剣とかが秘蔵されている可能性はあるかもしれません」
アイリスの言葉にミティも賛同する。
あの部屋は、火、水、風、雷、土、光、影という7属性の魔法陣が描かれた大広間であった。
おそらくは、それぞれの属性に対応した精霊がいると思われる。
あれだけで大概の魔法使いは事足りるよな。
同じ規模の部屋はなさそうだ。
あっても、せいぜいもう一つか二つくらいだろう。
これらの分岐先の全てにあれほど凝った部屋があるとは思えない。
「――ん? なんだ?」
ふと、分岐道の一つから風を感じた気がした。
「どうしたの?」
「いや、なんか風を感じるような……?」
「確かに……言われてみれば、空気の流れを感じなくはないですね」
「あー、ホントだ」
俺の言葉を受け、ミティとアイリスがそう答える。
それぞれチート頼みの要素が大きいとはいえ、それなりに場数も踏んできている。
三人ともがそう感じるならば、実際に微風が吹いているのだろう。
「洞窟の中で風が吹くものか?」
「凝っている古代遺跡だし、空調にも気を使っているんじゃないかな?」
「へぇ……。昔の遺跡でも、そこまで考えられているものなんですね」
ミティが感心している。
ラスターレイン伯爵領のアヴァロン迷宮もそうだが、一部の古代遺跡やダンジョンは、現代以上の技術を持っていることがあるようだ。
かつて栄華を誇った古代文明。
それが滅んだ理由。
遺跡が残された経緯。
それらに思いを馳せると、なんだか壮大な気分になってくる。
「ちょっと見に行ってみるか?」
「寄り道するってこと? タカシだって疲れているんだから、深入りは良くないよ?」
「大丈夫だって。ちょっと覗くだけだからさ。先っちょだけ、先っちょだけなんだ」
「タカシ様がそう仰るのであれば、私もお供します!」
「仕方ないなー。それじゃ、いっしょに行こっか」
俺たちはそう言って、風が吹き込んできているらしい分岐道を進んでいく。
この道に入ってからというもの、分岐道はなくなった。
一本道だ。
この先に何があるのだろうか?
長い通路を歩き続けていく。
なかなかたどり着かないので、途中からは走ったりもした。
そしてようやく、前方から少しだけ明るい光が見えてきた。
「あそこかな?」
「そうみたいだね」
「あそこから風が……」
俺たちはその光に向かって歩いていく。
そして、その先にあった光景を見て絶句した。
「これは……」
「うわぁ……」
「す、すごい……」
俺たちの視界に飛び込んできたのは、見渡す限りの砂漠だった。
どこまでも続く砂の海。
そして、遥か遠くにはオアシスらしき緑が見える。
「これ、砂漠だよな……?」
この世界に来て、砂漠を見たのは初めてだ。
サザリアナ王国は温暖湿潤な気候なので、植生は豊かな方だ。
こんな地域は見たことも聞いたこともない。
砂漠があるとすれば……。
大山脈や海を隔てた先ぐらいだ。
古代遺跡をあれこれ探索している内に、山脈の反対側にでも出たのだろうか?
いやしかし、いくら俺たちの脚力が優れているとはいえ、そこまで長距離は移動していないはずだが……。
遺跡に特殊な機構でも仕込まれていたのか?
よく分からん。
「間違いなく砂漠だねぇ……」
「綺麗です……。世界にこんな風景があるとは、知りませんでした……」
俺たちはしばらく呆然としながら、眼前に広がる景色を眺めていた。
やがて、俺は我に返ると口を開く。
「とりあえず、ここがどこか確認しないとな」
「あ、そうだね。でも、どうやって?」
「レビテーションで浮いて、周囲の地形を把握してくる。運が良ければ、住民に会えるかもしれない」
「なるほど。それはいい考えだと思います」
「気を付けてね、タカシ」
「ああ。まぁ、今の俺なら――っ!?」
俺は言葉の途中で口を閉ざす。
それは、唐突に訪れた感覚だった。
とんでもない強者の存在を近くに感じたのだ。
「やれやれ……です。こちらの道だけは来てほしくなかったですよ? タカシ=ハイブリッジ君」
「「え?」」
ミティとアイリスの声が聞こえる。
しかし、俺はそちらを見る余裕がなかった。
「――っ! 誰だッ!!」
俺は反射的に振り返る。
そこには、神官服を着た小さな幼女がいたのだった。
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