無力な少女ケフィが、ハイブリッジ騎士爵領内にある鉱山へと連行されていく。
(ああ……。これからどうなるの?)
絶望的な気分で、ケフィは馬車に揺られていく。
同じ馬車には、屈強な男たちが乗っている。
きっと行く先にも、同じような雰囲気の男たちがたくさんいることだろう。
そんな者たちの中で働く若い女性がどんな目に遭うか……。
想像するだけでも不安な気持ちになる。
しかし、ケフィの心とは裏腹に、馬車は着実に進んでいく。
(思い切って逃げる? ……ううん、そんなことをしても行くあてなんかない……)
馬車には乗せられているが、拘束されているわけではない。
飛び降りれば、逃げられる可能性はある。
だが、そんなことをしてどうなるのか。
ケフィは自問自答するが、結局は何もできなかった。
そうしているうちに、馬たちは目的地に到着する。
「降りろ」
女性隊長がそう言ったので、ケフィは恐る恐る外に出た。
そこは森の奥地。
山岳部にほど近い場所だ。
そして、目の前に広がる光景を見て、ケフィは唖然とした。
「こ、ここは一体……?」
目の前にあったのは、活気に溢れた人々だった。
鉱山と言えば、過酷な環境であるはずなのに……。
「後のことは、担当者に引き継ぐことになっている。呼んでくるから、しばらく待つように」
ケフィをここまで連れてきた女性隊長は、そう言って奥へ向かっていった。
取り残されたケフィや他の男性陣は、やることもなく佇んでいる。
「あの……」
ケフィは近くを歩いていた鉱夫に声を掛ける。
「なんだい嬢ちゃん。ここは初めてかい?」
「はい。初めてですけど、その、鉱山ってこんな感じなんですか?」
「ああ。ここの鉱山は特別なんだよ。ほら、見てみろよ」
男が指差す方を見ると、そこにはたくさんの建物があった。
どれも石造りであり、立派なものだ。
「あれは?」
「あそこに見える建物は全部、宿泊施設だよ。ニム様がつくってくれた。俺たち鉱夫が寝泊まりするところだ」
「ええっ!?」
「おいおい、驚くのはまだ早いぜ。向こうに見えるのが食堂だ。それに、道具屋やマッサージ店もあるんだぜ」
ケフィは絶句してしまった。
まるで街のような施設があるなんて……。
もしかして、普通の鉱山とは違ってまともな労働環境が用意されているのだろうか。
彼女はそんな希望を抱き始めた。
「……しかし、嬢ちゃんみたいな若い子がここに来てくれるとはなぁ。この採掘場周りでは、初めてのことだぜ。くくく……」
男がそう言って、下卑た笑みを浮かべる。
それを見た瞬間、ケフィはゾッとした。
やはり、強引にでも逃げておいた方が良かったかもしれない。
後悔が彼女の心を支配していった。
「待たせたな、諸君」
ようやく、女性隊長が戻ってきた。
その後ろには、2人の男性がいる。
さらにその後ろには、作業を中断して集まってきたベテラン鉱夫たちもいる。
「この2人が鉱山の責任者だ。ブギー頭領とジョー副頭領である。くれぐれも失礼のないようにしておけよ」
女性隊長がそう説明する。
ガタイのいい大男がブギー頭領で、やや細身だが引き締まった体をしている長身の男がジョー副頭領のようだ。
「「「へいっ!」」」
新人の鉱夫たちが一斉に返事をする。
責任者という言葉を聞いて、ケフィは緊張した面持ちになった。
「ハッハ!! 活きの良さそうな新人共じゃねえか! これは即戦力として期待できそうだ!」
ブギー頭領が上機嫌で言う。
「そうですね。タカシ殿のご期待にも応えられそうです。……おや? そちらのお嬢さんは……」
ジョー副頭領が、ケフィの方を見る。
「ああ、こやつは食うに困っていたようでな。ここで働くことを紹介してやったのさ。ハイブリッジ騎士爵様の了解も得ている」
女性隊長がそう説明する。
「なるほど……。タカシ殿のご紹介とあれば、丁重にもてなさないといけません。分かりましたね? みなさん」
「ひゃっはー! 了解ですぜ!!」
「ひーはー! 俺たちが可愛がってやんよお!!」
ジョー副頭領の言葉を受けて、集まっていたベテラン鉱夫たちが歓声を上げる。
「ひっ!」
ケフィは怯えてしまった。
男たちの視線が自分に注がれていることを感じる。
特に、やや若い鉱夫の2人組からは強い視線を感じた。
「ひゃっはー! そうビビんなって! 俺たちが手取り足取り教えてやるからよぉ」
「ひーはー! 大丈夫さ! すぐに慣れる!!」
「や、やめてください……」
ケフィは震えながら言う。
身の危険を、強く感じる。
唯一の救いは、治安維持部隊の隊長だというナオンがこの場にいることだ。
少し怖い人だが、この場におけるただ1人の同性ということで、ケフィはかろうじて安心感を抱いていた。
だが……。
「よし! 仲良くやっていけそうだな! では、私はこれで失礼する!!」
女性隊長は、唐突にそう言った。
そして、数人の部下を連れてそのまま立ち去ってしまう。
「……え?」
後に残されたのは、呆然とするケフィ。
そして、若い女性が入ってきて興奮した様子の屈強な男たちである。
「い、一体どうすれば……」
ケフィは泣き出しそうになった。
「さあ、歓迎会を始めるぞ!」
「みなさん、準備してください!」
ブギー頭領とジョー副頭領がそう言う。
歓迎会。
普通に考えれば、今回新しくやって来た鉱夫たちを歓迎するためのものだろう。
しかし、ケフィには別の意味が込められているように思えた。
「い、嫌です!! 帰らせてもらいます!!!」
恐怖に耐えられなくなったケフィは、そう叫んで走り出した。
だが、あっさりと男たちに捕まってしまう。
「ひゃっはー! どこに行こうってんだよ? 森の中はさすがに危ねえぞ?」
「ひーはー! 今日の主役は、特等席に連れて行ってやんよぉ!」
「や、やだぁ……」
無力な少女は、半ば強引に引きずられるようにして連れて行かれた。
そうこうしている内にも、宴の準備は進められている。
ケフィは、屈強な男たちに囲まれた状態で椅子に座っている。
普通に考えれば、主賓席と言ってもいいような席だ。
しかし、今の彼女にとっては生贄に捧げられるのを待つ場所に感じられた。
その周りでは、酒の入ったジョッキを持った鉱夫たちが騒いでいる。
「さあ飲め嬢ちゃん!! 遠慮はいらねぇぜ!?」
「ほら飲んでみろよ! 美味しいぜぇ!?」
「や、やめてください……」
酒を飲ませて、ベロンベロンになったところを襲おうという魂胆らしい。
当然、そんなことを受け入れるわけにはいかない。
「なんだぁ? 酒は嫌いなのか?」
「それなら、肉料理もあるぜ! 採掘の傍ら、森で狩りもしているからな!」
鉱夫たちがそう言って、ケフィの前に次々と皿を置いていく。
「わあ……! お肉だぁ!!」
ケフィの顔が輝いた。
彼女は目の前に置かれたステーキに手を伸ばす。
「んん~! ……おいしい!」
口の中に広がる味覚が幸せだった。
「おい! こっちのスープもうまいぞ!」
「こっちのパンだって絶品だ! 街から仕入れてんだぜ!!」
他の鉱夫がそう言いながら、次々に食べ物を差し出してくる。
「ありがとうございます!!!」
ケフィは笑顔を浮かべてお礼を言う。
空腹もあって、どんどん食べていく。
「ハッハ!! いい食いっぷりじゃねえか!」
ブギー頭領が笑った。
「それにしても、よく食べる娘ですね。これからたくさん働いてもらいましょう。そう、たくさんね……」
ジョー副頭領が不穏な笑みを浮かべる。
こうして、ケフィやその他の新人鉱夫の歓迎会は進んでいった。
……翌日の労働で、さっそくヘトヘトになるまで働かされて半泣きになったのは、また別の話だ。
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