西の森にて、リッカとフレンダが対峙している。
ガチの宗教家のリッカに対して、無神論者のフレンダが迂闊な発言をしたのがトリガーになったのだ。
「ふっ!」
リッカが地を蹴った。
一瞬でフレンダの懐に飛び込む。
「くっ!?」
咄嵯に反応できたのは、フレンダの身体能力の高さ故だ。
彼女は闘気を纏った腕で、リッカのレイピアによる一撃を受け止める。
しかし――
「ぐぅ……!」
リッカの鋭い突きが、フレンダの腕に食い込んだ。
フレンダの闘気量をもってしても、聖気を纏ったリッカのレイピアは止められない。
痛みでフレンダの顔が歪む。
「まずは一本です」
リッカは冷静に告げる。
そして、そのまま聖気を纏ったレイピアで貫いた。
「うわぁ!!」
聖気の衝撃で、フレンダは吹き飛ばされる。
地面を転がり、木に衝突して止まった。
「う、うう……」
フレンダはすぐに立ち上がることができない。
先ほどの一撃は致命傷ではないが、それでも無視はできないダメージだ。
「さあ、続けるです。まだ、僕様ちゃんは満足できていないです」
リッカは静かに宣告した。
彼女はタカシのように甘くはない。
ここで和解して仲良しこよしになる気はなかった。
「くぅ……! はあっ! はあああぁ!!!」
フレンダが闘気の出力を上げる。
リッカを強敵と認めたのだ。
しかし――
「Bランク冒険者の実力がこの程度です? ああ、確か君の二つ名は”魅了”だったです。魅了魔法さえ使わせなければ、こんなものですか」
リッカは余裕の表情で語る。
そして涼しい顔でフレンダへ追撃を加えていく。
フレンダは懸命に応戦するが、上手くいかない。
それも仕方ないことだ。
リッカが指摘した通り、フレンダがBランクに至った理由の大部分は魅了魔法にある。
自分と同格か少し下ぐらいの男冒険者たちを指揮し、上級の魔物の討伐に成功してきたのだ。
だが、今の彼女は一人きり。
しかも、相手は高い実力を持つ幼女だ。
一瞬の隙を突いて本人に対して魅了魔法を掛けることも現実的ではない。
「うう……!」
「降参するです?」
「だ、誰が……!」
フレンダがリッカを睨む。
彼女にも、Bランク冒険者としての矜持があった。
簡単に降参するわけにはいかない。
「まあいいです。それでは、最後のチャンスを上げるです」
「…………」
「君が聖ミリアリア様を崇めていないのは残念だったですが、それはこれから悔い改めればいいことです。一つだけ償いの機会を与えてあげるです。僕様ちゃんの質問に答えるです」
「……質問?」
「そうです。タカシ=ハイブリッジについて、持っている情報を全て吐けです」
「タカシちゃんの……?」
フレンダの脳裏にタカシの顔が浮かぶ。
初めて出会った、魅了魔法が通じない青年。
最初は大して思い入れのない相手だった。
しかし一緒にいる時間が増えるにつれて、彼女の中でその存在は大きくなっていった。
「質問はそれだけです。簡単でしょう? 君はただ答えれば良いだけです。君はタカシの何を知っているですか? どんな関係ですか? どこに住んでいるですか? 部屋の間取りは? 好きな食べ物は? 趣味は? 特技は? 剣技の流派は? 魔法は何を? 弱点はあるですか? 身長体重スリーサイズは?」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
矢継ぎ早に繰り出される質問。
フレンダは思わず制止する。
「待たないです。質問に答えなさいです」
「そ、そんなに聞かれても困るよ」
「まだ自分の立場が分かってないです? 君に拒否権はないです」
リッカの目つきが鋭くなる。
そして、手に持っているレイピアで容赦なくフレンダの体を貫いた。
「ぐっ……!」
「次が最後です。早くするです」
「わ、分かった……。言うから……」
フレンダは痛みに耐えながら決意する。
この世界で順調に無双してきた彼女にとって、一方的に蹂躙されるのは初めての経験だった。
これ以上粘ることは難しい。
(タカシちゃん、ごめんね……。でも、大丈夫だよね? タカシちゃんは最強だし……。ちょっとぐらい情報がバレても、負けたりしないはず……)
フレンダは心の中で謝罪し、リッカに伝えるべき情報を整理する。
ミリオンズほどではないが、フレンダもタカシのことはそれなりに深く知っている。
その情報の一部を口にしようとした瞬間――
「う……ごふっ……」
「!?」
突然、フレンダの口から血が噴き出した。
そして、そのまま前のめりになって倒れる。
「え……?」
リッカは何が起きたのか理解できない。
自分はまだトドメを刺していなかったはず。
だが、彼女の目に映っている光景は現実だ。
「……ふむ。仲間を売るぐらいなら、自ら死を選ぼうというわけですか。……その潔さは評価してやるです」
リッカは倒れたフレンダを見下ろしながら呟く。
「その潔さ、ただで死なすのは惜しいです。……最低限の治療だけしてあげます。別件を片付けたら、改めて神様の存在を問いに来ます。その時までに悔い改めているといいです」
リッカはそう告げると、初級治療魔法をさっと掛けてその場を立ち去った。
残されたのは、地面に倒れ伏しているフレンダのみ……。
(た、助かった……? いや、違う……。これはきっと、タカシちゃんが助けてくれたんだ……)
フレンダは感謝していた。
今朝方、彼女はタカシと共に悪ノリして血糊を作ったのだ。
うっかり口内にセットしたまま狩りをしてしまっていたのだが、結果的にはそれが功を奏した。
フレンダが自決したと思い込んだリッカは、そのまま去ってくれたのである。
「うう……! タカシちゃん、ありがとう……! 裏切ろうとしてごめんね?」
フレンダは涙を流し、愛する男に感謝した。
「こんなところで倒れている場合じゃない……。早くタカシちゃんに危険を知らせないと……」
タカシは最強だ。
しかし、先ほどの幼女もとてつもなく強かった。
なにせ、Bランク冒険者である自分がまるで歯が立たなかったのだから。
彼女は愛する男に危機を知らせるべく、動き出そうとする。
「ああ、早くしないと……。でも……うぅ……立ち上がれないよぉ……」
最後に吹き出したのは血糊だったし、その後にリッカから初級の治療魔法を掛けてももらった。
フレンダの命に別状はない。
だが、それまでの激しい戦闘で負った傷や闘気の消耗は回復していない。
この西の森からタカシが今いるであろうリンドウへ、急行することは難しい。
「くぅ……! タカシちゃん、どうか無事で……」
フレンダには、ただ祈ることしかできなかったのだった。
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