俺、モニカ、ニムは、『猫のゆりかご亭』の一室に案内してもらった。
部屋は非常に綺麗で快適そうだ。
やや古めかしいが、それもまた趣きを感じさせる雰囲気となっている。
通常であれば、快適に寝泊まりして終わりとなるところだが、今回は少しだけ事情が異なるようだ。
なぜなら、この部屋には古びた魔道具のような機器が備えられているからだ。
「これは……何でしょうか? さっちゃんさん」
俺は猫少女のサーニャちゃんに尋ねる。
彼女は少し張り切ったような表情で教えてくれた。
「これは通信用の魔導具ですにゃ」
「通信用の魔導具……?」
俺は思わず復唱してしまう。
現代日本で言うところの、電話とかスマホのようなものだろうか?
そんなものがあれば相当に便利だが、残念ながらこの国の技術では実現できていないはずだ。
ハイブリッジ男爵家の御用達魔導技師であるジェイネフェリアでさえ、さじを投げていた。
つまり、この世界には存在しないはずのものということだ。
そんな代物が、なぜこんな一介の宿屋に設置されているのだろうか……?
俺が内心で首を傾げていると、それを察してかサーニャちゃんが説明してくれる。
「これは、古代都市の遺物ですにゃ。というか、実はこの宿自体が古代都市から残っているものですにゃ」
「え……!?」
驚きの発言だ。
どうやら、この宿は古くから残っている建物だったらしい。
道理で古い造りだと思ったよ……。
「ということは、ここって遺跡みたいに重要な場所なの? 寝泊まりするには落ち着かない気もするけど……」
今度はモニカが興味深そうに尋ねている。
彼女にとっても興味深い情報のようだ。
確かに、古代の遺物が残っているのであれば大発見だろう。
しかし、サーニャちゃんの答えは微妙なものだった。
「うーん……。半分正解って感じですかにゃあ? オルフェスじゃ、ただ古いだけの建物はさほど珍しくないのですにゃ。普通に住居や店舗として使っている人が多いですにゃ。ただ、勝手に取り壊したりしないようには言われていますにゃ」
「なるほど。そういうものなんですね」
俺は納得しつつ頷いた。
現代の地球でも、歴史的な建造物が以外なほどぞんざいに扱われていることは多々ある。
さすがに文化財に指定されているようなものは丁寧に保全されるが、多少古いだけのものはあっけなく取り壊されたりするものだ。
こういうのは歴史的価値と経済的価値の比較衡量の問題である。
無関係の者が『歴史的価値があるから保全するべきだ』と言うのは勝手だが、それだけで所有者の腹が膨れるわけではない。
場合によっては、その建物を取り壊して別の活用法を見出す方が所有者にとって有益という場合もあるのだ。
「そ、それにしても、古代都市の遺物ですか。建物自体も素敵ですが、魔道具の方はさらに素敵ですね!」
ニムが目を輝かせながらそう言った。
彼女のテンションが上がっているのが分かる。
気持ちは分かる。
俺も興味津々だ。
「使ってみてもいいですか? さっちゃんさん」
「もちろんですにゃ! えーと、このスイッチを押して……後は応答を待つだけですにゃ」
そう言って、魔導装置の起動方法を説明するサーニャちゃん。
ずいぶんとシンプルな作りをしているなと思ったが、そういうものなのか。
俺は感心しつつ頷く。
「へぇ? それだけで、通信の魔道具が使えるわけですか。これで王都などとも連絡が取れるなんて便利ですね」
凄まじく有用性がある魔道具だ。
これが普及すれば、この世界の通信網が一気に整う。
……あれ?
どうして王家から強制的に徴収されていないのだろう?
例えば、ネルエラ陛下と俺とのやり取りは手紙を用いているが、これがあればもっと手軽にやり取りできるのではないだろうか?
「ええっと、それは無理ですにゃ……」
苦笑しながら答えるサーニャちゃん。
「あ、やっぱりそうなんですか?」
何となくそんな気はしていた。
別に残念でもないしガッカリもしない。
むしろ納得した気分だ。
まあ、そうだろうなとは思っていたからな。
できるのなら、ネルエラ陛下が実用化に踏み切っているだろう。
「はいですにゃ。この通信機は、同じタイプのもの同士じゃないと使えないのですにゃ。距離は50メートルぐらいが限界ですにゃ」
「……ああ、そういうことでしたか」
言われてみれば当然だ。
遠く離れた相手と通話ができるなんて、この異世界では夢物語でしかない。
科学技術があまり発展していないからな。
いや、もしかしたら魔法を使えば理論上は可能なのかもしれないが……。
「ちなみに、この部屋の魔道具を起動した場合、繋がる先はどこなのです?」
「もちろん、『猫のゆりかご亭』の受付カウンターになりますにゃ! 何か用事があれば、にゃぁが駆けつけますにゃ! スイートルームならではのサービスですにゃ!」
誇らしげに胸を張るサーニャちゃん。
ふむ……。
珍しい魔道具が設置されているものだと思っていたが、スイートルームに案内されていたらしい。
「それは良いサービスですね。満足できそうです。……あ、しかし……」
「何かご不満な点がありましたかにゃ? 遠慮なく言ってくださいにゃ」
急に不安そうな顔になるサーニャちゃん。
尻尾までシュンと垂れ下がっている。
そんな彼女を見て、慌ててフォローを入れる俺。
「いえ、不満というわけではないんです。ただ、せっかく泊まるのだから、あの3つのベッドを1つに繋げたいと思いましてね」
そう言いつつ、俺は部屋の中にある3つのベッドを指さした。
ハイブリッジ邸の自室にはキングサイズのベッドを置いてあり、毎日のように楽しんでいる。
やろうと思えばシングルでも問題ないのだが、やはり広いベッドでのびのびやりたいという気持ちが強い。
3人でヤルならなおさらだ。
「ええっと……? 意味がよく分からないのですにゃ。動かすことはできますけど……」
キョトンとした表情になるサーニャちゃん。
彼女にはピンと来なかったようだ。
この年齢だと、そういう知識があるかどうか微妙なラインだよな。
「つまり……こういうことです」
俺はその場で、腰を前後に動かして見せる。
少しして、サーニャちゃんの顔が真っ赤になった。
ニムとモニカは察したようで苦笑いしている。
「……!? あ、ああっ……! お、おおおお大人の話だったのですかにゃっ!?」
ようやく理解したらしく、顔を真っ赤にして狼狽える猫少女。
うん、可愛い反応だ。
「ええ、そうですよ。できればベッドを移動させたいのですが、よろしいでしょうか?」
「そ、それは構いませんけど……。や、やっぱりお客さんはエッチだったのですにゃあ~~!!!」
顔を真っ赤にしたまま叫ぶ猫少女。
そして、そのまま走って部屋を出て行ってしまったのだった。
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