【コミカライズ】無職だけど転移先の異世界で加護付与スキルを駆使して30年後の世界滅亡の危機に立ち向かう

~目指せ! 俺だけの最強ハーレムパーティ~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
猪木洋平@【コミカライズ連載中】

1691話 紅乃さんのうどんの勝利ですわ!

公開日時: 2025年3月19日(水) 12:10
文字数:1,234

「あの……琉徳兄さま?」


 遠慮がちに呼びかけた声は、か細く震えていた。

 けれども、その声音には確かな温もりが宿っている。

 様々な確執はあれども、血を分けた兄妹なのだ。

 兄の豹変を見て心配するのは当然である。

 しかし、その優しげな響きも、琉徳の耳には届かない。


「黙れ! お前の声など、聞きたくない!!」


 雷鳴のような怒声が場を支配した。

 空気が凍りつく。

 誰もが息を呑み、互いの顔を見合わせる。

 琉徳の怒りはもはや自制の効かない域に達していた。

 それは理性を失った獣の咆哮だった。


 琉徳の目は血走り、荒い息遣いが胸を上下させる。

 拳を握り締め、爪が手のひらに食い込むほどだった。

 だが、何かを言い足すことなく、彼は険しい顔のまま踵を返す。


「……ちっ!!」


 琉徳は大きな舌打ちをすると、そのまま無言で会場を立ち去る。

 その背には悔しさと、隠しきれない負の感情がにじんでいた。


 琉徳が去っても、しばらくの間、張り詰めていた空気が会場に残る。

 誰もが琉徳の余韻を引きずるように沈黙していた。

 しかしやがて、ふっと小さな息が漏れた。


「いやぁ、大したもんだ。あれほどの具材を使ったうどんを打ち負かすとは」


 誰かが呟く。

 それを合図にしたかのように、ぽつりぽつりと笑いがこぼれ始める。


「やっぱり紅乃ちゃんのうどんが一番だよ。これからも変わらず食わせてくれよ」


 店の常連たちが笑いながら声をかける。

 少し前まで張り詰めていた空気が嘘のように、場は和やかなものへと変わっていった。

 紅乃は、そっと目を伏せる。

 そして、深く息を吸い込み、静かに頷いた。


「……はい。これからも、変わらずに」


 そう言った彼女の表情は、どこか晴れやかだった。

 ほんのわずかだが、肩の力が抜けたように見える。

 だが、会場の隅で一人だけ、まだ不満そうな顔をしている者がいた。

 リーゼロッテである。


「なんだか、決着が曖昧ですわね」


 彼女はぷくっと頬を膨らませ、不満げに丼を指差す。

 その仕草は可愛らしくもあるが、彼女なりの真剣さがにじんでいた。


「結局、正式に勝負の結果は出ていませんの。でも、これほど美味しいうどんを食べた以上、わたくしが審査員としてしっかりと宣言いたしますわ」


 そう言って、すっと立ち上がる。

 堂々と胸を張り、紅乃の方へ向き直ると、凛とした声で高らかに告げた。


「紅乃さんのうどんの勝利ですわ!」


 その瞬間、会場の空気が一変した。

 どっと湧き上がる歓声。

 笑いながら拍手をする者、盃を掲げる者、興奮のあまり叫ぶ者――会場は一気に活気づいた。


「おい、勝負は終わりだろ? なら、俺も一杯頼むぞ!」

「私も!」

「俺も!」


 次々と注文が飛び交い、会場の熱気が一層高まった。

 紅乃は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに「はい!」と元気よく返事をし、手際よく鍋へと向かう。

 その背筋はまっすぐで、迷いのない動きには、まるで自分の居場所を確かめたかのような確信があった。

 湯気の向こうに浮かぶ彼女の姿は、どこか誇らしげにさえ見える。

 そんな彼女の背中を見ながら、リーゼロッテは満足そうに微笑んだ。

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